“28年前”の性加害告発で懲戒免職、ネットでもバッシング…元中学教師が「女性の訴えは虚偽」と主張し、復職を求める理由

2021年1月に懲戒免職となった元中学教師(60代男性)が、札幌市に処分の取り消しを求めて札幌地裁での裁判を続けている。

直接の免職理由は、1993年3月から当時中学生だった元女子生徒のA氏(現在40代)に継続的に行っていたとされる非違行為である28年前の出来事を理由に処分された本件は、当時、大々的に報道された。

一方、ネットを中心に激しいバッシングを受けた元教師は「えん罪」と主張して、今も教壇への復帰を目指している。

離婚、改姓も…すべてを失った元教師

免職から4年を過ぎた元中学教師の鈴木浩氏(仮名)は現在、札幌市内の民間企業で働いている。

夜勤が月に6日ほどあるハードなスケジュールが続く。収入は教師時代の半分以下に減った。弁護士費用を捻出するため、免職後しばらくは仕事のない週末にアルバイトをこなした。ネットでは「変態」「わいせつ教員」などの罵詈雑言が浴びせられ、自宅にはマスコミが押しかけた。

平穏な生活が失われ、家族の安全も考えて別居、そして離婚。家族が特定されて迷惑がかかることから、自身も妻の旧姓に苗字を変えてから離婚するという異例の手続きをふんだ。

友人と思っていた多くの教員も去っていった。鈴木氏は「『(裁判で実質的に)負けたら終わりじゃないか。何が真実だ。負ければあなたの言っていることは真実じゃないんだ』と言って離れていった人がいました。『(復職の訴えを提起しても)どうせ負けるんだから』と言った人もいました」と振り返る。

あまりに過酷な状況に精神のバランスを崩し、病院通いも経験した。恒常的に通常の精神状態を保てるようになったのは、ここ1〜2年のことである。それでも、復職への思いは4年以上抱き続けてきた。

「今でも、教壇に再び立つという思いは強く持っています。無実の私が教員免許を取り上げられるのはおかしな話、あってはならない話ですから。やってもいないことを、世間から『いや、お前はやっている』と決めつけられた状態のままというのは絶対に納得できません」(鈴木氏)

対立する言い分

裁判資料や当時の報道によると、A氏は、中学の卒業式の前日に鈴木氏の自宅でキスされたことが自身が受けた性的被害の始まりと主張している。

高校時代も性的被害は続き、大学2年(1997年)の夏に別れを切り出されるまで、A氏は鈴木氏との関係を「交際している」と感じていた。だが、その後しばらくして、鈴木氏による行為について「暴力を振るわれていた」と認識するようになったという。

一方、鈴木氏はA氏の主張を「全くの虚偽」と断じる。当時勤務していた中学校は3年生だけで約240人おり、A氏の存在を認識していなかった。

ところが、A氏が高校入学後、自宅に電話がかかってくるようになり、「家庭のことで相談したい」と言われて外で会うことにした。その後、進路相談を含め、3か月か半年に1回程度、ファミリーレストランなどで会ったが肉体的な接触は一切なかったという。

鈴木氏「元女子生徒の発言は妄想」と主張

A氏が大学2年の1997年5月に「好きなので交際してほしい」と鈴木氏に要望し、同年夏ころから二人は交際を開始。

交際を始めると、鈴木氏はA氏の性的妄想に辟易(へきえき)とさせられた。車に乗せて駅まで送る車中、A氏は「中学の頃、キスをした」「高校生の時、抱きついてきた」、さらに口腔(こうくう)性交をさせられたなどと、事実ではない性的な妄想を口にし続けていたという。なお、これらのA氏の発言は、後に裁判であたかも事実であったかのように訴状に記載されている。

A氏が性的にオープンすぎることなどから鈴木氏との口論が多くなり、1998年秋、交際が終了した。

しかし、その後も電話で「会いたい」と言われたり、自宅の前で待ち伏せされたり、ストーキングのような被害を受けた。また、別の女性と交際を始め、その女性のアパートにいた時に、いきなり押しかけられるという被害も経験した。

「そうしたA氏の異常とも言える言動から『ヤバい人なんだな』と感じました」(鈴木氏)

それからおよそ17年後の2015年11月、鈴木氏が勤務していた中学にA氏から電話がかかってきた。

「『会いたい』という申し出に冷たい態度で突き放すと、以前のようにストーキングされたり、職場や家族に性的な妄想話をされたりするなど、思わぬ被害に遭いかねません」(鈴木氏)

そこで居酒屋で顔を合わせることにした。飲み始める前にA氏から「今、精神科のカウンセリングを受けている」と聞かされ、その精神状態が少なくとも健康ではないことを確信した。

「会う半年か1年ぐらい前、交際相手に硫酸をかけた女性の話を新聞で読みました。

それで劇薬をかけられたり、刃物で刺されたりしたら…と思いました。美術系の大学には金属を腐食させて加工するための硫酸、塩化第二鉄など劇薬が置いてあります。彼女が美術系の大学に進学したと知り、その上、精神状態が普通ではないと分かりましたから『これは、危ない』と。

『 口論になると何をされるか分からない』と考え、過去に散々聞かされていた妄想話に相づちを打ち、気分よく帰らせることだけを心がけました」(鈴木氏)

だが、そのやりとりは録音され、後に「自白した」証拠として裁判に提出されることになる。

免職処分の取り消しを求めている鈴木浩氏(仮名、2022年撮影)

元女子生徒の主張は裁判で「棄却」されたが…

2016年2月、当時38歳になっていたA氏は、弁護士らとともに札幌市役所を訪れて居酒屋での録音などを提出、わいせつな行為を受けていたことを理由に、鈴木氏を懲戒免職処分にすることを求めた。

鈴木氏は市教委の事情聴取に対して上記の事情などを説明して全面的に否認。結局、わいせつな行為をした事実は認定されず、処分は行われなかった。

2019年2月、A氏は過去にわいせつな行為を受け、その結果としてPTSDを発症したことを理由に、札幌市と鈴木氏を相手に3000万円の損害賠償を求めて提訴。同時期に自己破産手続きも進めた。訴えは1審・2審とも除斥期間にかかっていることから棄却された。

1審の東京地裁は、A氏が主張した、中学や高校時代に行われたとするわいせつな行為について事実として認定しなかった。

また、大学生になって性的関係のあった時期、A氏が恋愛感情に基づくものと長期間誤解していたという主張を「売春を含む風俗の仕事までしていた原告A氏において…誤解が解消されることなく続いていたとは考え難い」(東京地裁判決令和1.8.23、p13)と切り捨てた。

審理を経ずに「わいせつ行為」が認定された

ところが、2審東京高裁は一度も実質的な審理を行わないまま中高時代のわいせつな行為を認定する。

もっとも、この認定は判決理由中の判断であり、法的拘束力がない(民事訴訟法114条1項参照)。裁判で決すべき権利の帰趨(きすう)にとって重要でない場合には、法律家でも「緻密かつ正確に事実認定がなされないこともあり得る」と認識している人が多くいるとされる。

鈴木氏は裁判に勝っているため、判決理由中の判断に不満でも上訴(上告)できない。逆に敗訴したA氏は上訴せずに判決を確定させて「裁判所は事実と認めてくれた」と言うことができる。

その後、A氏は性的な問題の被害者として様々なイベントに出演。性犯罪に関する法務省の検討会では学校内の性的暴力に関する資料を提出するなど、「被害者」の立場として活動をしている。

高裁判決で市教委が態度一変

東京高裁の判決が出るまで、札幌市(教委)は鈴木氏と共同被告として原告A氏を相手に戦っていた。当然、市教委は「わいせつな行為はあったと認定できない」との立場を貫いていた。

だが、高裁判決を機に、市教委は態度を一変させる。2021年1月5日に判決が確定すると鈴木氏を聴取し、同月28日に懲戒免職とした。

鈴木氏への処分は地方公務員法29条1項1号及び3号に基づくもので、処分に不満でも直ちに取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)を提起することはできない。提訴の前に審査請求をしなければならない(地方公務員法51条の2、49条1項)、いわゆる「審査請求前置主義」と呼ばれる制度が適用されているためである。

ただし、審査請求(本件では札幌市が出した処分につき札幌市が審査する)は、行政上の手続きが適正になされたかの判断だけで終わることが少なくない。

2023年3月7日、鈴木氏の請求に対して棄却の裁決がなされた。しかし、その反面、ようやく訴訟を提起して法的に「司法の判断がおかしい」「わいせつな行為などしていないから免職される理由はない」と正面から自らの正当性を主張できることになった。

しかし、その時点で、懲戒免職から2年7か月の月日が流れていた(札幌地裁への訴状提出は2023年8月30日付)。

オコタンペ湖写真の決定的なミス

A氏が札幌市教委に提出した、オコタンぺ湖で撮影したとする写真の複写

鈴木氏は先の東京地裁での裁判から、A氏の主張に一つ一つ反論してきた。居酒屋での録音に対して上記の事情を説明して「2人で会っていたとされる日時には別の場所にいた」「登山客が多い山の山頂で口腔性交をさせた」などはおよそあり得ない状況である、と主張した。

筆者(松田)も、鈴木氏の弁護団の要請を受け札幌地裁で現在も係属中の裁判で、調査報告書を提出した。オコタンペ湖展望台写真の虚偽の証明に関する書面である。

A氏は市教委に鈴木氏と交際していた証拠として、高校3年の時に撮影したという一葉の写真を提出していた。北海道千歳市のオコタンペ湖の展望台で撮影したというツーショット写真である。

ところが、この写真は後日、大学生になっていたA氏と鈴木氏が交際していた時に撮影した札幌市の大通公園でのワンショットとオコタンペ湖の展望台の写真を合成したものであることが筆者の調べで判明する。写真には太陽光源が2つ認められ、3D映像にしてみると、本来あるべき人物にかかる影がなかったのである(A氏の向かって左に影があるはず)。

オコタンペ湖で撮影したとする写真をもとにした3D画像(作成・松田隆)

さらに、背景の色あせたカラー写真に合わせたせいか人物の透明度が下げられ、鈴木氏の足の部分から背景の柵が透過する決定的なミスを犯している。そもそも、この写真が撮影されたとされる日はほぼ北海道全域が雨だった。しかし、写真は晴天下で撮影されており、柵の影がはっきり写っている。

鈴木氏を支えた言葉

4年を超える月日の中、一時的に鈴木氏が弱気になった時期があったことも確かである。

それでも、最終的に提訴して、最後まで争うことを決めた。その決意を元妻に報告した際、こう声をかけられたという。

「あなたは決して人に何かを言われるようなことをする人間でないことは、私が一番よく分かっています。私と子供たちはあなたの名誉回復を心から望んでいます」(元妻)

そんな言葉が、今の鈴木氏の支えとなっている。