ビエネッタ販売終了「ライセンス契約」とは? “転生アイス”で「権利侵害」訴えられないために必要な条件

森永乳業のアイスケーキ「ビエネッタ」が31日をもって販売終了する。1983年9月に日本で発売され、“憧れの高級アイス”として昭和の子どもたちを魅了した。

ビエネッタは、イギリスに本社を置くユニリーバと森永乳業とのライセンス契約によって販売されていたが、同契約の終了により、約40年の歴史に幕を閉じることになったという。

「ライセンス契約」とは

「昭和生まれにはビエネッタはなじみが深いですね。小学生の頃にケーキ型のアイスに憧れた気持ちはまだ残っています」

こう語るのは、長年企業間の契約と交渉に携わってきた江﨑裕久弁護士。そもそもライセンス契約とはどのようなものか。

「平たく言うと、『オリジナルと同一の(と認識される)ものの製造や販売などを、他の業者に行わせること』を指します。

本件で言えば、オリジナルのビエネッタ作成者であるユニリーバが、日本でそのまま商品を製造または輸入して販売すれば話はとても簡単ですし、利益も一番出せそうです。

しかし、ユニリーバは日本で氷菓の販売網などを持っておらず、また食品に関してはさまざまな法規制も障壁となります。氷菓に関しては、日本で生産しないと費用対効果が見合わないという事情もありそうです。

そうだとすれば、日本ですでに製造拠点があり、販売網も持っている森永乳業にライセンス生産させ、ライセンス料を回収するというスキームも選択肢に入ってきます」(江﨑弁護士)

一方で契約内容にもよるが、どこまでブランド価値を高めるか、どれだけ生産するかなど決定権の多くは森永乳業が握ることになるため、ユニリーバがコントロールできない部分は増えるという。

「さらに言えば、商標権などの知的財産権による保護を万全にしていないと、ライセンス先(本件では森永乳業)が、たとえば類似商品を『ピ』エネッタという名前で販売したとしても、それを止めるのが難しくなります」(同前)

かつては森永乳業の「エスキモー」ブランドとして販売されていたビエネッタ(森永乳業プレスリリースより)

「ビエネッタ」国内で製造・販売を継続するには

ビエネッタが販売40周年を迎えた2023年、全国の男女1万人を対象に実施された認知度調査では、ビエネッタの写真を見て正確に名前を答えられた人の割合は15~25歳で約4%にとどまっている。販売終了との因果関係は明らかになっていないが、ここ数年の販売実績は横ばい程度だったとの話もあり、江﨑弁護士も次のように所感を述べる。

「ビエネッタという名前は昭和生まれにはなじみがあり、一定の認知度がありました。しかし、時代の流れとともに、そのブランド名を使うことが森永乳業にとって必ずしもメリットではなくなってきてしまったことが、決定に影響を与えたようにも思います」

現在、販売終了の一報を受け改めてビエネッタに注目が集まり、SNSでは「どこにも売っていない」と悲しむ投稿も散見される。また、フリマサイトなどでは2箱「6999円」など高額転売も乱立している状況だ。

「ビエネッタ」は商標登録されており、今後、日本国内で製造・販売を継続する場合、一般的には下記2つの手法が考えられる。

ライセンス元であるユニリーバが自ら日本国内向けに製造・販売する
森永乳業以外の企業が新たにユニリーバとライセンス契約を締結する

ただし江﨑弁護士は、現実的な話として次のように指摘する。

「上述のとおり、『ビエネッタ』という名前自体の賞味期限が過ぎている可能性があります。あえてその名前を使って別の企業が販売したとして、森永乳業独自の氷菓製造のノウハウなども入っていたでしょうから、以前と味が違うということで、逆にクレーム化することも想定されます。

細かいところでは、ソニーが売却した後のVAIOのPCのように、ブランドごと第三者に売却するということもあり得ます(※)。たとえばですが、氷菓業界に参入したいが、自社オリジナルブランドで参入するのにはハードルが高いので、きっかけとしてビエネッタという名前を使って販売したい会社などがあれば、まだ現実味があるかもしれません」

※ 2014年、ソニーは経営再建のためにPC事業を投資ファンド・日本産業パートナーズへ売却。ソニーのPCブランド名のひとつだった「VAIO」を社名として再出発した(その後、2024年に家電量販大手・ノジマが買収している)

新商品アイスに「ビエネッタの転生」の声も…森永乳業の回答は?

今月10日、森永乳業から東海・北陸エリア限定で新商品アイス「バリッチェ」が発売され、SNSやネットが騒然となった。チョコレートをバリッバリッと割り砕く音と食感を楽しめる特徴から、一部で「ビエネッタの転生では?」とも言われているが、森永乳業は弁護士JPニュース編集部の取材に対して「ビエネッタとの関連性は特にございません」と回答している。

「バリッチェはカップアイスの新たな価値創出にチャレンジする商品として4年前から社内で開発を進めてきた新コンセプトの商品です。

また、販売エリアに関しまして、まずは東海・北陸エリアでの定着を目指しております。エリア拡大に関しては、販売状況やお客様のご要望などを確認しながら、今後検討してまいりたいと思います」(森永乳業広報グループ)

森永乳業の新商品アイス「バリッチェ」(森永乳業プレスリリースより)

過去には「オレオ→ノアール」の“転生”も…権利侵害を訴えられないためには

ライセンス契約と言えば、ヤマザキナビスコ(現ヤマザキビスケット)がナビスコブランドのライセンス契約終了に伴い、2016年に「オレオ」「リッツ」などの製造を終了したことを思い出した人もいるかもしれない。

オレオやリッツはその後、ナビスコブランドを持つモンデリーズ・インターナショナルの日本法人に引き継がれ、ヤマザキビスケットからは「ノアール」「ルヴァン」といった類似商品が発売されている。

上述の「バリッチェ」はさておき、森永乳業がこれまでの製造ラインやノウハウを活用してビエネッタに類似した商品を製造・販売する場合、ライセンス元であるユニリーバに権利侵害を訴えられないためにどのような点に気をつければよいのだろうか。江﨑弁護士は「基になる権利が何であるかによって違う」とした上で、こう話す。

「まず名称については、ビエネッタの商標はユニリーバが持っているので、類似したものは使えません。上述した『ピ』エネッタなんかは完全にアウトです。

形状に目を向けると、ケーキ型のアイスということで、同じ商品形態だった場合は商品形態模倣に該当する可能性が考えられます。しかし、ビエネッタは日本国内で販売されてからすでに3年以上経過しているため、不正競争防止法上の保護期間が満了し、法律的には対象外となるでしょう(※)。

また、外からは見えませんが、あの形のケーキを大量生産する際に独特の技術やステップが必要ということであれば、ユニリーバ側の特許やノウハウなどに引っ掛からないかも検討する必要があります」

※ 不正競争防止法では、商品形態模倣に対する保護期間が、商品の日本国内での最初の販売日から3年間と定められている

なお、ビエネッタの製造ラインやノウハウを活用した類似商品の発売予定について、森永乳業は弁護士JPニュース編集部の取材に対し「現時点では詳細について決まっておりません」と回答した。

ライセンス契約「弁護士にもかなりビジネスセンスが問われる」

ビエネッタは発売から40年以上が経過しているが、その間、契約書で規定される内容もかなり変わってきているという。

「ここ数十年で、知的財産や独占禁止法など関連する法律も変化しています。当時の契約書では想定されていなかった話などもあり得るでしょうし、現代の契約書なら、ユニリーバが1年間は同様のケーキ型(というのがどこまでの範囲かは議論がありそうですが)の商品を出さないといった義務を課す旨の条項なども入るかもしれません。その場合、1年間は“転生”できなくなってしまうわけです」(江﨑弁護士)

以上を踏まえて、企業同士の協業にあたっては、そもそもライセンス契約を選ぶかどうか、ライセンス契約の中でどのような契約内容にすればよいかなど、そのバックグラウンドもしっかり踏まえた上で検討し、選択する必要があるとして、「弁護士にもかなりビジネスセンスが問われる領域」であると江﨑弁護士は指摘する。

近年、チェルシー(2024年3月、明治)、チョコフレーク(2019年、森永製菓)、キスミント(2018年、江崎グリコ)など、長年愛されたロングセラー商品の終売が相次いでいる。理由はそれぞれだが、企業が社会の変化に適応し、新たなニーズに応えていくことは、市場原理と言えるだろう。慣れ親しんだ味がなくなるのは寂しいが、われわれ消費者は、時代の流れとして受け止める必要もあるのかもしれない。