警察が死体の取扱いで“犯罪”と“病死”を見誤る理由…「解剖されない遺体」が訴える制度の欠陥とは

「死人に口なし」というが、死体には多くの情報が詰まっている。解剖すれば、見えていなかった事実をかなりの精度で顕在化できる。

日本では死体が発見されると、「死体取扱い規則」に従い、取り扱われる。厳格なルールがあるものの、残念ながら運用が円滑とは言い難いのが実状だという。

このことがどんな弊害をもたらすのか…。司法解剖医の岩瀬博太郎氏が、憂うべき実態を示しながら、問題点にメスを入れる。

※ この記事は岩瀬 博太郎/柳原 三佳両氏の書籍『新版 焼かれる前に語れ 日本人の死因の不都合な事実』(WAVE出版)より一部抜粋・再構成しています。

死体発見後、どのように扱われるのか

通常、人の死体が病院以外の場所で発見された場合、まずは「死体取扱い規則」に従って、死体が取り扱われる。

その第4条には、『警察署長は、死体が犯罪に起因するものでないことが明らかである場合においては、その死体を見分するとともに死因、身元その他の調査を行い、死体見分調書(別記様式第一号)を作成し、又は所属警察官にこれを行わせなければならない』と明記されている。

この、『死体が犯罪に起因するものでないことが明らかである場合』という一文が、実は曲者だ。

それなりにもっともらしい言葉の羅列ではあるのだが、『死体が犯罪に起因するものでない』ことを、 警察はいったいどうやって判断するというのだろう。 その解釈があまりにいい加減なまま運用されていることこそが、大きな問題なのだ。

法の精神からみた場合、『死体が犯罪に起因するものでないことが明らかである場合』とは、たとえば毎週のように医師の往診を受けていた病気の老人が、自宅で、明らかにその病気が原因で亡くなったと医師が判断したような場合に限定されるべきだろう。

拡大解釈により、ルーズになっている死体の判断基準

ところが、実際の運用にあたってはかなり拡大解釈され、争ったような形跡や目撃者がいなければ、 警察官は「犯罪性がない」と判断してしまう。そして、死体のほとんどすべてが解剖にまわされることなく、単に「死体見分調書」の作成のみで済まされているのが現状だ。

見逃されるのは「犯罪性」だけではない。「事故」 「病死」か、それとも「自殺」なのかといった判断も、解剖などの検査を怠ると、その判断に大きな過ちを犯す可能性があるのだ。

たとえば、重度の肝硬変の既往がある一人暮らしの中年女性が、自宅で転倒し、後頭部をぶつけて硬膜下血腫で死亡したとしよう。

重症の肝臓病を持っている患者の場合は、肝臓の中で作り出される血液凝固因子が不十分になるので、 出血しやすい体質となり、頭を一度ぶつけただけでも簡単に頭蓋内の硬膜下に出血が起こってしまう。

その場合、頭皮の表面に皮下出血(いわゆる青たん)を残さなかったり、仮に青たんがあったとしても、それを死斑と間違えられてしまったりすることは十分にありうる。つまり、実際の死因は「転倒事故」による硬膜下血腫なのに、肝硬変の悪化を理由にした「病死」と診断されてしまう危険性があるのだ。

転倒事故で死亡した場合は、保険でいう「災害・ 事故」に相当するため、傷害保険金の支払い対象となる。また生命保険でも、災害による死亡は死亡保険金が倍額になる契約も多いと聞く。

つまり、この女性の場合、死体検案書に肝硬変の悪化による「病死」と書かれてしまうと、保険の受給額に大きな差が出てくるといった問題が発生するのだ。

別のケースを想定してみよう。

ある健康な若者が、いたずらで毒物を入れられた缶ジュースを飲んで死亡した場合はどうだろうか。 さすがに、既往歴のない若者が死んだ場合、少しは「死因」を疑ってもらえるだろう。このような場合は、「死体取扱い規則」と同時に 「検視規則」が適用されるかもしれない。

検視規則では、変死の疑いのある死体に関して、 検事の代行行為として警察官が検視を行う代行検視にあたっての細目が規定されている。

検視規則では、検視に医師の立会いを求めることが義務づけられており、さらに、死因や毒物の種類を綿密に調査することになっている。つまり、この検視規則の文言自体は世界に誇れる内容で、たとえ今日、大規模なバイオテロが起こっても規則どおりに運用されてさえいれば、警察や検察がそれを見逃すことは絶対にありえない。

立ち合い医師が検視する問題点

ところが、現実はどうだろう。

死因を綿密に調査する場合、立会い医師の死因診断能力が問題となってくるのだが、医師は検査手段をなんら与えられず、外表観察だけで死因を判断することを暗に強要されている。
医師とはいえ、外表だけで死体の中まで透視できるはずはなく、ましてや薬毒物の種類までわかるはずもない。

結局、この若者は医師による検案は受けるものの、 外表検査で外傷がなく、状況にも争った形跡がないということで、ジュースに混入されていた毒物を発見してもらうことはできず、死因は「心筋梗塞」や 「不整脈(心臓麻痺)」、つまり病気による突然死とされてしまう可能性がきわめて高いということになる。