
石破茂首相が首相公邸で自民党の衆議院議員1期生15人と会食した後、「お土産」として1人あたり10万円分の商品券を配ったことについて、「賛否」「適切・不適切」「適法・不適法」の問題がないまぜに論じられている。歴代の首相や野党にも飛び火し、収拾のメドは見えていない。
法的観点から、具体的にどの法律のどの条文への抵触が問題になるのか。国会議員秘書、市議会議員の経歴があり政治資金規正法・公職選挙法に詳しい三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に聞いた。
政治資金規正法「寄附の禁止」に抵触するか?
まず、商品券を新人議員に渡す行為は、政治資金規正法が定める「政治家個人に対する寄附の禁止」にあたり違法なのか(同法21条の2第1項)。もし、これに抵触すれば、1年以下の禁錮または50万円以下の罰金に処せられる(同法26条1号)。なお、受け取った者にも同じ刑罰が適用される(同条3号)。
そこで、政治資金規正法21条の2第1項をみると、以下の通り定めている。
「何人も、公職の候補者の政治活動(選挙運動を除く。)に関して寄附(金銭等によるものに限るものとし、政治団体に対するものを除く。)をしてはならない」
商品券を手渡す行為が「金銭等による寄附」に該当すること、および、「選挙運動」のためでないことはいうまでもない。そこで、問題は、「政治活動に関して」行われたか、ということになる。
この点、石破首相からは「選挙戦の慰労」であり「政治活動に使ってもらう意図はない」との説明がなされている。
しかし、政党の党首(自民党総裁)でもある石破首相から衆議院議員に対する商品券の授受が「政治活動に使ってもらう意図はない」とするだけで許されるのか。
三葛弁護士:「公職選挙法、政治資金規正法でいう『政治活動』とは、『政治上の主義もしくは施策を推進し、支持し、もしくはこれに反対し、または公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為』をさします(黒瀬敏文、笠置隆範「逐条解説 公職選挙法 改訂版」P1615参照)。
他方で、政治資金規正法の21条の2は、『選挙運動』に関する候補者個人に対する寄附は『選挙運動費用収支報告書』に計上することにより適法とされることを裏から定めた規定です。つまり、選挙運動以外の政治活動について、候補者個人への寄附は認められず、必ず政党または政治団体に寄附することとしているのです。
このロジックからすれば、議員の活動はおよそすべてが政治活動とも見られかねませんが、現実にはある程度の線引きがなされ、いわばプライベートな領域で完結する事項についてまでは政治活動に含まれないと考えられます。『この商品券は慰労の意味合いである』との説明はその観点からのものと見られます。
一方、仮に政治活動に該当すると判断された場合でも、10万円は一見大きな金額ですが、政治活動や選挙運動全体からしてみれば、それほどの額でもない社交儀礼の範囲とも言えます。なお、後で述べますが『適切』かどうかは別の問題です。
また、『商品券』は現金ではないため、それをそのまま政治活動に活用することが期待されているわけではないとも考えられます。
永田町の感覚では、これが現金だったとすると、あまりに生々しく、適法性に疑問符が付くことになります。
そうしますと、本件が客観的に直ちに政治資金規正法違反と断じることは難しく、石破首相の行為は、政治資金規正法の『寄附の禁止』に抵触するものではなく直ちに違法とまでは言えないという意味で、ひとまず『合法』ということになります」
“政党内部への法規制”は公権力による介入の口実を与えるおそれ
とはいえ、政治資金規正法の趣旨・目的は「政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、(中略)政治活動の公明と公正を確保」することにある(同法1条)。
また、これまでも「金権政治」「札束が飛び交った」などの表現にみられるように、政党内部の党首選挙や派閥争い等での「カネ」のやりとりは古来、半ば公然と行われてきていた。
そのような実情が「政治腐敗」「政治不信」につながっていることは否定できない。そう考えると、政治資金規正法上の「政治活動」を広く解し、政党内部での儀礼的な事柄もすべて「政治活動」に含まれ、それに伴う政治家個人に対する寄附も違法と解釈すべきではないのか。
三葛弁護士:「たしかに、政党内部でのカネのやりとりは、歴史的に腐敗の温床となりかねないものだったことは否定できません。
しかし、他方で政党、特に公権力と対峙する野党が歴史的にどのように扱われてきたのかを振り返ると、たとえ『カネ』のことであっても、公権力の介入の口実となりかねないため、刑事罰をもって禁止すべきではないという結論にならざるを得ません。
あくまでも、有権者の選挙での投票行動等の判断に委ねるべき問題だと考えられます」
そのような法解釈を導く「政党に関する歴史的経緯」とはどのようなものか。
三葛弁護士:「わが国での初期の政党は、政府による大規模な選挙干渉や厳しい弾圧を受けました。戦後に日本国憲法が施行されてからは、議会制民主主義の下で、政党は民意を国政へと媒介する不可欠な存在としてきわめて重要な地位を占めています。
しかし他方で、憲法は政党について定めておらず、法的地位は一般に考えられるほど強いものではないのです。
だからこそ、公権力が政党内部に介入することを許すと、政党の存立と自律性を脅かしかねず、議会制民主主義の根幹が破壊されるおそれがあります。
したがって、『政治家vs.有権者』の関係とは異なり、政党内部の問題については法律による規制ではなく、有権者の投票行動等を通じた政治的な判断に委ねるべきものと考えられるのです。大げさかもしれませんが、公権力による介入の口実となりかねない以上、慎重に考える必要があります。
ただし、その場合には、『カネのやりとりの透明化』という課題は残り続けます。特に党首選挙について、政党内部の選挙のため公職選挙法の対象にはならないとして、いわゆる選挙買収等は成立しないとされてきましたが、多額のカネのやり取りがある場合は、政治資金規正法において本来は透明化の対象になり得るはずです」
「合法だが不適切」…自民党が迎えた“修羅場”
以上を前提として、三葛弁護士は、今回問題になっている石破首相の行為について「合法だが不適切」と評する。
三葛弁護士:「石破首相が行ったような自民党内部での『商品券』のプレゼントは、前述のとおり政治資金規正法の『寄附の禁止』に抵触するものとは言いにくいものです。
そこで、あとは有権者がどう判断するか、ということになりますが、有権者にとっての『適切・不適切』のラインはそのときの経済及び社会状況等によって大きく異なり得るものです。
昨今は物価上昇が家計を直撃しており、特に日本人の食生活に最も重要な米の値段が昨年に比べ2倍になるなど急騰している中、『10万円は非常識』という道義的な怒りが爆発するのも無理はありません。
しかも、米価の高騰の原因がこれまでの政府の農業政策の失敗にあるとの指摘がされ始めており、石破首相は農水大臣経験者でいわゆる『農水族議員』としてその責任を問われやすい立場にあります。
それに加え、自民党は昨年の衆院選で『政治とカネ』の問題で大きく議席を減らしたばかりで、今回のようなことがあると、有権者からの目はより厳しくなります。
しかしながら、まだ『石破おろし』の動きが大きくなる状況にもないようです。石破首相のみならず、これまでも自民党で商品券等の『お土産』の慣習があったとの話も出てきており、『過去の問題を洗いざらい明らかにすべき』ということになりかねないからです。
野党も自民党内の“お家事情”としつつも、道義的責任とお金の流れの透明化を進めるという観点ですが、退陣論にはまだ慎重のように見受けられます」
石破首相のみならず、自民党全体にとっても、「修羅場」が訪れているといえそうだ。