求められる自己責任

同時に規制緩和は、消費者に対して自己責任を求めた。

たとえば、1993年に首相の私的諮問機関である経済改革研究会(座長・平岩外四経団連会長)がまとめた報告書は、「価格規制、参入規制などの経済規制は原則として廃止」とし、さらに「消費者保護や安全・環境基準などに関する社会的規制は自己責任を原則に最小限に」する方針を打ち出した。

これを報じた新聞も、「消費者を保護する安全、環境規制などは今後とも欠かせない」が、「規制緩和を要求しながら、何か問題が起きると、政府の責任ばかり追及するようではいけない」として、「規制緩和の時代は、自分で自分を守る心構えを一層、消費者に求めている」との受けとめを示している(『読売新聞』1993年11月9日付)。

消費者行政でも、以下のような考え方に沿って、規制緩和の流れに応じる方針が打ち出された(経済企画庁編『ハンドブック消費者』1994年)。

現在、生活者・消費者重視の視点から、規制緩和の推進など、旧来の制度や慣行を抜本的に見直し、創造的で活力のある経済社会システムを構築することが求められており、これにより、自由な競争が促進され、商品・サービスに対する消費者の選択の幅が拡がることが期待されています。

こうした中で、消費者一人一人の生活が、質の高いゆたかなものとして実感できるようにしていくためには、消費者が自己責任の考え方に立って必要な情報を収集・選択し、主体的かつ合理的に行動することが不可欠です。

さらに、企業においては消費者志向をより一層強めることが期待されるとともに、行政においては新時代にふさわしい消費者政策の推進に努める必要があります。

規制緩和による利益の恩恵にあずかるためには、消費者の自己責任が必要だというかたちで、取引主体としての消費者に自己責任を求めていたことがうかがえよう。

1990年代後半に、規制緩和を議論する政府系委員会の場で、規制緩和=消費者主権とする認識が示されていたとの指摘がある(斉藤徹史『規制緩和の経験から何を学ぶのか』総合研究開発機構、2013年)。消費者被害があることは事実だとしても、不安だからと消費者が選択を避けては何も変わらない、という趣旨の発言もあったとされる。

そこでの消費者主権の理念は、市場原理を支える消費者の責任に力点を置くものである。財やサービスを購入するかどうかは消費者の選択に委ねられるため、消費者が自己責任を回避すると市場原理の働きを損なう。こうした論理を媒介として、消費者が自己責任を引き受けようとしないから規制緩和が進まないのだ、という方向に議論が展開していったのである。

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消費者団体の戸惑い

規制緩和をめぐる一連の流れのなかで、消費者団体は大きな戸惑いを隠せなかった。

たとえば、日米構造協議に際して、全国消費者団体連絡会の橋本進司事務局次長は、「いきなり、消費者の利益、という言葉が飛びかい戸惑っている。しかし、その割には、消費者の利益とは何か、という定義がはっきりしていない」とコメントしていた(『朝日新聞』1989年9月6日付)。

主婦連の清水鳩子事務局長も、「必ずしも、価格競争で安くモノが買えることだけが、消費者の利益とは限らない」としたうえで、「安くても危険な食べ物では利益にならない」と発言していた。価格の引き下げにつながる動き自体には賛成だが、安全性が犠牲になることには反対する、と受けとめていたのだとわかる。

しかし、規制緩和は同時に、消費者の自己責任を求めたため、消費者保護を要求する態度自体に、強い批判が向けられる。実際に、「今日の一部の消費者は何かというと「役所が悪い、政治が悪い」と言い、必ず「役所は何もしていない」と続く」、「消費者利益を守ることを主張しながら、奇妙に役所の権限強化につながる行動を繰り返している」といった批判がなされた(『日本経済新聞』1990年7月8日付)。

「「お上頼み」の消費者運動は壁にぶつかっている」とも言われ(『朝日新聞』1993年11月6日付)、運動を通じた政府への要求そのものが自己責任に反するとの見方が強まった。

他方、1970年代の生活の質をめぐる問いをくぐり抜けてきた消費者運動では、消費者利益が複雑な内実をもつことへの理解が深まっていた。

たとえば、アメリカによるコメの市場開放要求に関わって、1993年に部分開放が実施されたが、このプロセスで日本の消費者団体は、開放反対の立場でほぼ一致していた。

わずかに日本消費者協会だけが、「自由化で競争が生まれ、消費者にも生産者にもプラスになる」との理由でゆるやかな開放に賛成したが(『朝日新聞』1993年12月11日付夕刊)、その他の消費者団体は、力点に違いはあれども、安全性や食料自給の観点、あるいは環境保護や「歴史と風土に根ざした食生活」を守ることにつながる、という理由からコメの市場開放に反対した(原山浩介「食をめぐる「消費者問題」の変転と主体性の行方」『歴史と経済』63巻3号、2021年)。

こうした消費者団体の態度は、価格の引き下げだけが消費者の利益ではない、という理解に基づく。しかし、このときの一般消費者に対する世論調査では、市場開放の賛否が拮抗しており、開放反対の立場に偏る消費者団体のあり方は、必ずしも一般消費者の利益を代表しているとはみなされなかった(『朝日新聞』1993年12月11日付夕刊)。消費者団体の代表性は、消費者利益の内実をめぐっても揺さぶられたのである。