繁忙期“狙って”、引き継ぎを“わざと”せず「突然退職」…“報復的”な会社の辞め方に法的問題はないのか【弁護士解説】

「繁忙期に突然辞める」「SNSで職場の内情を暴露する」「必要な引き継ぎをわざとせずに退職する」――。

あえて会社が嫌がるようなことをして辞める行為が「リベンジ退職」と呼ばれ、注目を集めている。

2月3日、「Forbes JAPAN」に米ノースカロライナ大学シャーロット校の名誉教授であるブライアン・ロビンソン博士が〈アメリカでは今年、リベンジ退職が職場における一大トレンドになっている〉と寄稿すると、3月17日には「東洋経済オンライン」も「『リベンジ退職』のリアル」と題した記事を配信。

同記事では、日本の中堅企業人事部からの〈若手社員が(中略)リベンジするつもりなのか、退職時に問題を起こすケースが目立ちます〉という声も紹介された。

しかし、こうした「リベンジ退職」に法的な問題はないのか。労働問題に多く対応する松井剛弁護士に話を聞いた。

「リベンジ退職」の法的リスク

日本での「リベンジ退職」の実例として東洋経済オンラインの記事で紹介された具体例は3つ。

①繁忙期の突然退職
②SNSなどでの暴露
③引き継ぎの拒否

このうち「①繁忙期の突然退職」について、松井弁護士は「会社は受け入れるしかない」として、次のように説明する。

「会社にも、後に残された従業員にも迷惑はかかりますが、法律上、正社員(期間の定めのない雇用契約をしている人)は、2週間前に予告すればいつでも退職することができます。たとえ繁忙期であっても会社側の都合は関係ありません。

ただし、有期契約社員が、雇用契約期間が残っているにもかかわらず辞めるというのは、当然に認められるわけではないため、注意が必要です」

「②SNSなどでの暴露」は、場合によって法的な責任を問われる可能性があるという。

「極端な例ですが、実名を挙げて、あの会社の誰が犯罪行為をしているなどと事実を書き込んだ場合には、名誉毀損罪に問われたり、民事上の不法行為として損害賠償を請求されたりする可能性があります。

気をつけなければならないのは、実名を挙げたから直ちにダメという訳ではなく、実名を挙げていないからOKでもない、ということです。暴露する内容の『程度によって』違法な場合もあると認識していただければよいと思います。

一方で、転職サイトなどには、その会社の働きやすさを可視化することを目的として、退職者に対しその会社の評価を悪い部分も含めて回答させるサイトもあります。ただ、サイトの趣旨からすると、よほど悪質な暴露でない限り、現実的に違法性を問われる可能性は少ないと思います」(松井弁護士)

では、後任や別の担当者に業務を引き継ぐことなく退職する「③引き継ぎの拒否」はどうか。

「労働者は、雇用契約上、労務を提供する義務を負っていますから、必要な引き継ぎをしないことが債務不履行に当たる場合もあるとは思います。

とはいえ実際には、退職する人が『明日から有給を消化し、もう出社しません』と言って辞めること自体は適法です。退職者に対し、引き継ぎをせずに損害を与えたとして賠償請求するような会社はかなり少ないと思いますし、それをしたところでコストに見合った損害が認められることはかなり限定的でしょう」(松井弁護士)

退職時は「誓約書」の確認が大切

ここまでのケースでは、法的責任を問われる可能性はそう高くはないことがわかった。一方で、「機密情報の持ち出し」「競合他社への転職」「顧客情報の不正利用」などの場合は事情が異なるようだ。

回転ずし大手「はま寿司」からライバル社「かっぱ寿司」に転職した男性が、はま寿司から食材の原価や仕入れ先に関するデータを持ち出しかっぱ寿司に共有したなどとして「不正競争防止法違反(営業秘密侵害)」の罪に問われ、有罪判決が下ったケースもある(令和6年(2024年)10月10日東京高裁)。松井弁護士はこう続ける。

「退職時に誓約書を書かせる会社が多く、そこにはたいてい、競業避止義務(競業他社への転職や競業となり得る起業を制限すること)や、秘密情報・顧客情報等の返還・破棄義務、営業秘密保持義務などが書かれています。

こうした誓約書の内容に違反し、会社に損害が生じた場合は、法的責任が問われる可能性がありますので、退職時には誓約書の内容もよく確認することが大切です」

弁護士「『報復』はムカついた相手を殴るのと変わらない」

悪意をもって秘密情報を持ち出したり、誓約書に反する行為をしたりすることは、誰が見ても“明確に法的リスクが高い行為”だろう。

しかし松井弁護士は、こうした行為に限らず、どんなに「小さな報復」であっても、禍根を残すような退職の仕方はおすすめできないという。

「弁護士として、ハラスメントなどによってつらい思いをしている依頼者へ、時には『2週間あれば辞められます』『明日から有休を使いましょう』と、心身の健康を守るために勧めることもあります。

ただし、『報復』のためだとしたら、勧めることはできません。報復すれば、一時的にはスッキリするかもしれませんが、それは『ムカついた相手を殴る』のと変わらないことです。

法的なリスクを負いかねないような行為はせず、数か月前から会社に対して退職の意向を伝え、業務の引き継ぎをしっかりとして辞めることが結局、一番『惜しまれる』、つまり会社に悔いさせる辞め方なのではないでしょうか」