歯の二大疾患として知られる、「虫歯」と「歯周病」。どちらも日々のケアで予防することが大切ですが、特に歯周病は、高齢者にとっては思いがけない死因となることがあります。本記事では、法医学者の高木徹也氏による著書『こんなことで、死にたくなかった:法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)より一部抜粋・編集して、高齢者の生活の質や生命に関わる疾患ともよべる「歯周病」について、ケアの方法含め詳しく解説します。

歯周病が原因で死に至ることも…高齢者の生活の質や生命に関わる疾患

法医学の分野の一つに、歯科法医学、もしくは法歯学と呼ばれるものがあります。ご遺体の身元確認が困難だった東日本大震災では、歯科医による歯科所見の確認によって、多くの被災者の身元が判明しました。

人は食事をするために、前歯を使ってかみ切り、奥歯を使って咀嚼をします。多くのほ乳動物と同様、人は歯がなくなると生命維持が困難になります。

1989年、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という「8020運動」が、厚生省(現在の厚生労働省)と日本歯科医師会の連携で推進されました。20本以上の歯があれば食事ができ、健康寿命も延びると期待されて始まったのです。

この運動によって高齢者の残存歯の数は増加していますが、70歳以降になると、20本を下回っている人もいまだに多いのが現状です。

歯の二大疾患として、いわゆる「虫歯」と「歯周病」があります。どちらも日々のケアで予防することが大切ですが、特に歯周病は、高齢者にとっては思いがけない死因となることがあります。

歯周病は、歯と歯茎の間に細菌を多く含む歯垢が蓄積することで、歯茎や骨が溶けてしまう疾患です。初期は歯茎が腫れる程度ですが、歯周炎になると本人が気づかないうちに骨が溶け、歯がぐらつき、最後は抜け落ちてしまいます。

そもそも、歯は人体の中で最も硬い臓器です。骨よりも硬いがゆえに、周りのほほ肉や舌、骨、隣の歯によって支えないと、口の中に安定して置くことができません。そのため、歯周病によって骨が溶けてしまうと、支えがなくなり容易に抜けてしまううえ、一本抜けると続けて周りの歯も抜けていきます。

歯周病患者はアルツハイマー型認知症の発症リスクが1.7倍も高いと言われています。義歯も含め歯の残数が多い人は、認知症の発症や転倒の危険性が低いこともわかってきています。さらに、「誤嚥性肺炎」を起こす細菌の多くは、歯周病の原因菌なのです。

まさに歯周病は、高齢者の生活の質や生命に関わる疾患だと言えるでしょう。

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抜歯した後のケアを怠ってはいけない

また、まれに「感染性心内膜炎」という疾患で、高齢者が突然死することがあります。これは、心臓の弁に細菌の塊が形成され、弁の働きが悪くなって心不全を起こし、重症の場合は死亡する可能性もある疾患です。

この場合、亡くなった方が1週間ほど前に、歯周病などで抜歯したというケースがよくあります。亡くなる3日前くらいから息切れやめまい、発熱や倦怠感などの症状が出ていたという話もよく聞きます。

こうした情報があれば、抜歯によって口の中の細菌が血流に乗り、心臓の弁に細菌の塊を形成させたと推察できるわけです。

私の経験では、抜歯に由来した発症者は中高年女性が多いです。もちろん、すべての「感染性心内膜炎」の原因が抜歯というわけではなく、必ずしも死に至る疾患ではありませんが、統計上、死亡する確率は4~20%と報告されています。

抜歯後は抗生剤を処方してもらうなど、適切な予防を心がけましょう。

【このような危険を避けるには……】

・日頃より適切な歯磨きを行ない、定期的に歯科検診を受ける。

・歯が抜けた場合には、義歯やインプラントを検討する。

・抜歯後に体調を崩したら、速やかに医療機関を受診する。

高木徹也
法医学者