相続税の申告後、税務調査が行われるケースは決して珍しくありません。特に、財産の評価や申告内容に不明瞭な点があると、税務署のチェックが厳しくなることも。しかし、相続問題に詳しい中垣健税理士事務所の中垣健所長によると、“ある制度”を活用すれば、税務調査を回避できる可能性が高くなるといいます。そんな便利な制度にもかかわらず、税理士が関与した相続税申告でも実施されたのは全体のわずか2割強というその制度の正体とは?

相続税申告をすると5件に1件の確率で税務署から連絡が…

親の遺産などを相続すると、金額によっては相続税の申告をしなければなりません。そして申告から1~2年後、税務署による税務調査が入ることがあります。税務調査とは、提出された申告書の内容が正しいかを確認する調査のことで、相続税の申告においても行われます。

国税庁が昨年12月に公表した「令和5事務年度における相続税の調査等の状況」によると、令和5事務年度(令和5年7月から翌年6月)の実地調査件数は8,556件。簡易な接触による申告是正は1万8,781件となっています。

令和5事務年度の主な調査対象である令和3年分の相続税の申告件数は、「令和3年分 相続税の申告事績の概要」によると13万4,275件(相続税の申告書に関わる被相続人数)です。つまり相続税申告数の20%、5件に1件の割合で税務署から接触を受けていることになります。さらに、実地調査件数の8割強(84.2%)という高い割合で申告漏れを指摘され、重加算税など追徴税が課されています。

相続税申告がこれほど高い割合で税務調査の対象となるのは、相続税が「財産の最終的な出口にかかる税金」と位置づけられ、国税庁が重点的にチェックしているためです。税務署からの接触率20%という割合は、申告件数と税務署の調査官の対応可能な件数によるものと考えられます。

相続税申告で税務署が特に注目するのは、預貯金の流れや海外資産、名義預金など、財産の流れや隠し財産です。税務署は国税庁が運用する国税総合管理システム、通称「KSKシステム」を活用し、過去のビッグデータと照合して、財産が適正に申告されているかをチェックしています。

KSKシステムは、全国の国税局と税務署をネットワークで結び、過去の収入・財産データを一元管理しており、申告内容と照合することで、税務署が相続財産の申告漏れをチェックするために活用するシステムです。KSKシステムには納税者の過去の収入や保有財産などの情報が記録されているため、亡くなった方の相続税申告について、申告漏れがないか詳細にチェックすることができます。そこで申告になにか漏れがあったり、隠していると思われるものが見つかったりすると、税務調査に着手するのです。

この時点で申告漏れがある可能性が高いため、税務調査が入ると84.2%という高い割合で追徴課税が発生します。

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税務調査を受ける可能性が高まる申告方法

実際の税務調査で多いのが、相続人ご自身が申告書を作成して提出したケースです。筆者の経験上、相続税申告のうち一定数(約2割)が相続人自身による申告と考えられます。

ただ、専門家ではない一般の方が自分で申告書を作成すると、たとえ相続額をごまかす意図がなくても、提出書類が不十分だったり、申告漏れがあったり、財産形成の流れを明確に説明できなかったりすることが多いため、税務調査を受ける可能性が高くなるのです。

申告漏れが多いケース

たとえば、亡くなった被相続人が生前、孫名義の銀行口座を作ってそこにお金を積み立てていて、それに気づかず申告から漏れていたというケースはよくあります。

また、「会社の株主名簿にある株主とその株式の実際の所有者が異なる」名義株が漏れていたということもよくあります。どちらも名義は違っても、亡くなったご本人が蓄えたものであれば、申告しなければなりません。

もう一つが、平成15年から始まった「相続時精算課税制度」を利用して生前贈与を受けていたケースです。相続時精算課税制度では、2,500万円までは贈与時に贈与税がかかりませんが、相続時に遺産に合算されて課税されます。その生前贈与分が漏れていたというケースも数多くあります。

税務調査が入った場合、なるべく相続人の全員が集まるよう税務署から指示され、事細かに質問されます。税務署は事前に徹底的に調べてから来ていますから、ごまかすことはできません。そのため、調査を受ける側の精神的な負担は大きなものになります。

税理士による相続税申告

一方で税理士は、相続税申告の依頼を受けると、税務署と同レベルのチェック体制を整え、過去に申告者がどのように財産形成をしてきたかまで調べ、「申告に漏れがない」形で申告書類を作成します。そのため、申告を税理士に依頼すれば、大きな間違いが起こることはあまりありません。

ただ、そういった場合でも相続人が遺産を隠しているケースがあります。筆者の経験では、申告書も完成し、提出前に相続人に「ほかに遺産はないですよね?」と最終確認したら、「実は……」といって、ほかに1,000万円相当の遺産があるとわかったことがあります。ご本人はできれば隠したままにしたかったのでしょう。

ですが筆者含め、税理士は「申告漏れがあったら追徴課税になる」と説明します。最後には「相続する遺産はすべて提出した」というサインをいただいています。それで追徴課税を恐れて、最後の最後になって打ち明けたのでしょう。