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「固定残業代では全然足りない」従業員が提訴 “手当”は支給されていたが…裁判所が会社に「500万円」支払い命じた理由

「固定残業代では全然足りない」従業員が提訴 “手当”は支給されていたが…裁判所が会社に「500万円」支払い命じた理由

「長時間残業したのに残業代が全然足りない...」

固定残業代をめぐって従業員Aさんが不満を抱き、会社を提訴した結果、裁判所は「固定残業代として無効である」と判断。会社に対して未払い残業代約500万円の支払いを命じた。

このように、固定残業代を採用している会社では、会社側が「固定残業代として手当を支払っているから、法律上、残業代をきちんと支払っていることになる」と考える一方、従業員からは「実際に働いた分が払われていない」との声が上がるトラブルが後を絶たない。

以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

会社は、廃棄物収集・運搬等の業務を行っており、Aさんは運転士として、深夜の時間帯に、その収集・運搬等の業務に従事していた。

Aさんが入社したとき、雇用契約書は作成されなかった。給料日には給与明細書が交付されており、そこには「時間外深夜割増手当」「残業深夜等割増手当」という欄があった。会社がAさんに支払った手当を一部抜粋すると以下のとおりだ。

  • 約1年4か月
    時間外深夜割増手当:毎月15万円を支給
  • その後、約2年
    残業深夜等割増手当:毎月13万2000円 を支給
  • その後、約2か月
    残業深夜等割増手当:毎月13万7000円 を支給

Aさんは、実働分の残業代が支払われていないと感じたのであろう。会社と交渉を試みたが、会社が支払いに応じなかったため退職。

そして、「このような固定残業代は無効である。実際に働いた分の残業代が支払われるべきである」と主張して残業代請求訴訟を提起した。

裁判所の判断

裁判所は「固定残業代の合意として有効とはいえない」と判断して、会社に対して未払い残業代約500万円の支払いを命じた。

ある手当が固定残業代として有効になるためには、最高裁が一貫して要求している次の2要件が必要だ(判決文から要約して抜粋)。

①判別要件
使用者が労働者に対して(中略)割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、(中略)労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要である。

②対価性要件
そして、上記の判別ができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われていること(以下「対価性要件」という)を要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。

裁判所は本件において、まず②の対価性要件に焦点を当てた上で、「対価性要件(②)を欠く以上、判別要件(①)も満たさない」と判断した。以下、裁判所の判断を要約して示す。

  • 会社は、「時間外深夜割増手当」「残業深夜等割増手当」について、これが固定残業代であることは入社時に原告らそれぞれに説明しており、給与明細書にもそのように記載していたと主張する。
  • たしかに、これらの割増手当が残業代として支払う趣旨であることがうかがわれる名称になっている。
  • しかし、会社は、雇用契約書等を作成しておらず、かつ、就業規則と給与規程には「時間外深夜割増手当」や「残業深夜等割増手当」との名称の手当に関する規定はなく、そもそも固定残業代に関する定めも設けられていない。
  • そして、給与明細書は、会社が一方的に作成してAさんに交付していた文書にすぎず、給与明細書の交付が続いていた事実をもって、有効な固定残業代についての合意が形成されたとはいえない。
  • そもそも対価性要件で判断されるのは賃金の実質であって、費目の名称ではない。

そして裁判所は、「今回の割増手当が残業(時間外労働)に対する対価といえるのか?」についても検討し、以下の通り、対価性を否定している。

  • Aさんに対して支給された本件割増手当の額は、1か月あたりの最大時間外労働時間数である45時間分と、1か月あたりの最大深夜労働時間数である189時間分に対応する割増賃金を前提として算出された金額であって、深夜の時間帯に回収業務を行う原告らの勤務状況とはかけ離れた想定し難い時間数を前提として計算されたものである。
  • さらに、いかなる労働に対する対価であるかの位置付けが不明確な調整金(バッファー)をも含む。
  • また、本件割増手当は、深夜の時間帯の勤務であったAさんだけでなく、日中の時間帯の勤務であったほかの従業員らにもほぼ同額で支給しており、会社は、本件割増手当について、従業員らに対して支給する賃金総額との兼ね合いでその金額を定めていたものであることが認められる。

以上を踏まえて、裁判所は「上記の事実からすると、本件割増手当は、その名称にもかかわらず、実質においては、通常の労働時間の賃金が含まれていたものといわざるを得ない」と判断。

「本件割増手当が全体として残業に対する対価という趣旨であったとは認めることはできず、このように本件割増手当が対価性要件を欠く以上、判別要件も満たさないので有効な固定残業代としての合意があったとは認めることはできない」と結論づけた。

最後に

固定残業代が有効となるには「判別要件」と「対価性要件」を満たす必要がある。

労働実態とかけ離れた金額設定や、労働の実態に即していない支給をしていると、固定残業代としての効力が否定される。従業員としては、手当を加えた額を基礎賃金として残業代を請求できることになるので、今回のように多額の残業代を勝ち取れる可能性がある。参考になれば幸いだ。

配信元: 弁護士JP

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