“傾聴”する演技を貫く

──母親には先立たれ、父親からは手を上げられるという過酷な幼少期を送った上条。彼の人生に“光”と“闇”を与えたのは、将棋でした。複雑な役柄を演じるうえで大切にしていたことは?
台本を初めて読んだ時、桂介が背負っているものの重さに圧倒されました。ただ、それらは父親の庸一さん(音尾琢真)や真剣師の東明重慶(渡辺謙)の思惑によるもので、自らが選んだものではありません。しかも彼らはとても鋭い牙を向けてくる。だからこそ僕は、発せられる言葉に耳を傾け、仕草を見逃さないようにしました。いわば「受け身であること」を意識していましたね。

──受動的であるというのは意外なアプローチです。そのスタンスは脚本に目を通した段階で決めていたのでしょうか。
いえ。謙さんと東北一の真剣師・兼崎元治(柄本明)の対局シーンの撮影がきっかけでした。命がけで将棋を指す2人を、桂介は固唾(かたず)をのんで見守っている。台本には「正座していた桂介は足が痺(しび)れて姿勢を崩す」とだけ書かれていて、何もしないんです。でもその「何もしなさ」に桂介の生き方がある気がしました。物語を動かすより、流れに身を委ねる芝居の方が自然だったんですよね。方針が定まったと同時に、不思議な体験もありました。将棋盤の表面から青紫色の煙が立ち込めていたんです。実際にはそんなことは起きていないのに、僕の目にはそう映っていた。謙さんと柄本さんという日本を代表する俳優の“熱気”が、僕の感覚を揺さぶったのかもしれません。あの瞬間は盤上が“生きもの”のように見えました。

共感はできないけれど、理解はする
──農園で働き始めた桂介は、同じ農園の娘・宮田奈津子(土屋太鳳)と婚約。平穏な幸せが訪れたのも束の間、父親と東明が近寄ってきます。彼らとの確執をフィアンセに打ち明ける選択肢を持っていたら、桂介はもう少し生きやすかったのではないかと、考えずにはいられませんでした。
もうね、本当にそう。そんなにしんどいチョイスをしなくていいじゃん! と、幾度思ったことか(笑)。ただ、何でも抱え込んでしまう彼の心理は理解できます。小さい頃に胸の内を話す機会を閉ざされてきたから、息をするように感情に蓋をしてしまうんですよね。それが故に厄介なできごとに巻き込まれる。どんどん深みに嵌(はま)ってしまうんだけれど、どうしようもないんですよ。将棋は生きる支えでありながら、東明と絡むと絶望にもなりうる。そんな人から離れられないのも、桂介の受け入れてしまう性質が如実に反映されていると思います。

──すべてを内に秘めてしまう役どころは、しばらく引きずられそうです。
それはないんですよ。僕はどの役でも本番が終わった瞬間に切り替えられるタイプです。現場でもカメラが回るギリギリまで共演者の方やスタッフさんと喋(しゃべ)っています。腕相撲をする時って、合図が入るまでは力を抜いてますよね? 「レディーゴー!」の一声があったら、全力を出して挑む。その感覚に近いのかもしれません。

──オンとオフを上手に切り替えられるのですね。ちなみに本編で「向日葵」は桂介にとって母親との思い出につながる大切な花でした。坂口さんの好きな花は?
え!? 僕はあんまり詳しくないんだよなぁ……。花を知らなそうじゃないですか(笑)? なんだろう……。あ! スミレですね。ささやかながらも可憐(かれん)に咲く姿に目がいきます。ただ、部屋には飾らないようにしています。毎日、花瓶の水を交換する自信がないので。いま、飾ってあるのはサボテンくらいです。

──リフレッシュの瞬間は?
友人やスタッフさんと食事をする時間です。他愛もない話をして過ごすひとときが楽しい。撮影中はどうしてもギアがひとつ上がった状態なので、通常モードに戻すためにも、ごはんを食べに行くのは重要。あとは、帰宅してからの一杯にも癒やされています。

photo: Tomoko Hagimoto text: Mako Matsuoka
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