いつまでも輝く女性に ranune
「なんとしても…」片思いの彼を手に入れるため、女がとった卑怯な手段

「なんとしても…」片思いの彼を手に入れるため、女がとった卑怯な手段

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:「ようやく離婚できる」結婚15年、おしどり夫婦を演じる妻の本音とは



「夫の不倫相手、よ。彼女が私の前に現れて言ったの。私のではなく、友坂くんの人生をめちゃくちゃにしてやる、とね。そんなこと絶対にダメでしょう?」

大輝を夫の不倫相手から守るために別れた…という、キョウコが語った別れの真実は、ラブストーリーというよりもホラーな筋書きだった。

— 門倉監督が、そんな女に手を出すとは思えないけど。

突如キョウコの前に現れ、なぜか大輝の人生を壊すと脅したサイコパスなメンヘラ女と関係を持ってしまったキョウコの夫…日本を代表する映画監督である門倉崇の屈託のない笑顔を、ともみは思い浮かべた。

崇監督の作品に出たことはないが、何度か業界のパーティーで挨拶を交わしているし、メディアへの露出が多い彼は、街を歩けば気づく人もいる有名人だ。

好青年を絵に描いたような…といっても、キョウコよりも6、7歳は年上だと何かの記事で読んだ記憶があるので、もう46、7歳なのだろう。けれどいつまでも少年のような屈託のなさというか、純粋な空気をまとった崇は作品だけではなく、その人柄も絶賛されているし、悪い評判をともみは聞いたことがなかった。

徹夜が続くような労働時間、制作スタッフの低賃金などの業界内の悪しき問題を次々と改善した崇の撮影現場は驚くほどホワイトだと聞いている。

監督というクリエーターの立場にありながら、トラブルが起きれば全ての矢面に立ち責任をとる姿勢が慕われていて、人気俳優たちがSNSに『大好きな兄貴と飲み!』などのコメントとともに、崇と一緒の写真を上げているのをよく見かける。

― まあ、人格と性欲は別、っていうことも多いにあるけど。

人格者であることもきっとウソではないのだろう。けれど尊敬していた映画監督が、妻を脅すような相手を選んでしまったあげく、火遊びの後始末すらできない男だったということに、ともみはがっかりしながら聞いた。

「奥さんに自分たちの関係をばらす、とかで男性に向かって逆上するパターンはよく聞きますけど、なぜ奥さんである先生を脅してきたんですか?」

― そもそも、なんで大輝が先生の相手だと知ったのかも、謎だけど。

愛人の立場からすると——自分が愛する男の妻も不倫していたのなら、その関係を続けてもらった方がいずれ離婚につながる可能性は高いし、自分が愛人から本命に成り上がれるチャンスのはずだ。それなのに、大輝と別れるように脅してくる理由を、ともみは全く想像できなかった。しかも。

「大輝の人生をめちゃくちゃにするって言ったんですよね。その女(おんな)…」

抑えたつもりでも、ともみの口調が荒れた。自分でも驚くほどの怒りがこみ上げてくる。大輝を攻撃し、傷つけるものは、私が絶対に許さない、と。


キョウコが、ふっと優しく緩んだ。

「ともみさんは、友坂くんのことが大好きで…本当に大切なのね」

改めて言葉にされると、照れてごまかしたくなる。けれど、ともみは逃げることをやめ、はい、と頷いてから続けた。

「大輝を害する人がいるのなら、徹底的に駆除すると思います」
「…駆除って」

キョウコが声を上げて笑い、グラスを手にした。その細くて白い指を目で追いながら、ともみは自分が大輝に対して、お姫様を守る騎士のような使命感を覚えていることに驚き、それでも溢れる言葉を止められなかった。

「彼を…あの優しい人を、守りたいから」

― でもきっとそれは……先生も、だったんですよね。

ずっと側にいたいという自分の願いは押し殺して、大輝を守るために別れを選んだキョウコをともみは同志のような想いで見つめた。

大輝は別れたくないとすがっただろう。「彼女はもうオレのこといらないんだって」と呟いて、ともみにはじめて甘えてくれたあの夜の、大輝の弱々しい笑顔と、今、知ってしまった真実との板挟みになったようないたたまれなさを抱えながら、それでもともみは聞いた。

「その女(ひと)は、なぜ大輝が先生の相手だと知ったんですか?なぜ大輝を攻撃したかったんでしょうか」

― あまり詮索しすぎるのは、趣味じゃないんだけど…。

「今はもう、大丈夫なんですか?先生と大輝が別れてからは、大人しくなったんでしょうか」

大輝とキョウコが別れて1年くらいが経つはずだと思いながら、質問が矢継ぎ早になったことを、ともみは詫びた。それでも、大輝を脅かす存在があるのならば知っておく必要があると思ったのだ。いざとなれば光江やミチを頼るつもりだけれど、詳細は必要だろうから。

キョウコの瞳が悩んだように揺れた後、少し言葉が鈍るかもしれないけど、と前置きした。

「私のことなら何でも話すつもりできたけれど、彼女のことは詳しくは…夫の深い部分に関わることだし、夫の許可がないと話せないこともある。それでもいい?」

キョウコもだが、崇も著名人だ。今日会ったばかりの(正確には10数年前に出会っているが)ともみに全てをさらけ出すわけにはいかないだろう。その配慮は当然のものだと、ともみは頷く。

「込み入った話になるなら、登場人物に名前がないと話がしにくいわね。彼女の名前を仮にA子さんとしましょうか」

キョウコの説明は、まるで脚本を書くための事務的な作業かのように、理路整然と淡々としたものだった。



キョウコが特別授業を持っていた大学で大輝と出会ったように、崇とA子も、崇がワークショップを開催した映像の専門学校で、先生と生徒として出会ったという。その後、真面目で優秀な生徒だったA子が、崇の現場のインターンを志望して、助監督として行動を共にするようになった。

「夫と私はペアで仕事を受けることも多かったし、会社も一緒に設立しているから、スタッフたちは夫の現場で起こったことを私に報告してくれたりするんだけど、A子さんは非常に優秀だったらしいの。助監督って1番手から、作品によっては4番手くらいまであるじゃない?」

助監督とは文字通り、監督の助手だ。1番手はモニターの前に座る監督から無線で指示を受け、俳優たちに演技指導などを行うことも多い助監督チームのトップ。その下に、全体のスケジュールを作ったり、各部…美術部や照明部などとの連携をとったり、時には駐車場を管理したり、と様々な役割を任される、2番手、3番手、の助監督がいるというイメージだ。

気が利く、勘が良い、現場の仕切りが上手い、などの能力次第で責任のある仕事を任されるようになり、番手が上がっていくのだが、A子は専門学校を卒業すると、インターンではなくフリーランスの助監督として『門倉組』、つまり崇監督の作品に2番手の助監督として参加するようになり、その評判はとても良かったのだという。

映画の撮影では、大きな作品になると1か月間地方で泊まり込み、いうこともある。その間、監督と助監督なら、常に行動を共にしていても誰も不自然だとは思わない。そのうちに恋愛関係になったのだろうかと、ともみがぼんやりと思っていると、それを見越したようにキョウコが言った。


「私は夫を信頼しています。彼は私にウソはつけない」
「他に女を作って遊んでた人なのに?」

間髪入れずに突っ込んでしまったともみに、キョウコが「つかない、ではなく、つけない、の」と苦笑いになった。

「私がA子さんの存在を知ったのは——もう、5年以上前になるかな。夫と私の会社の事務所に、A子さんからの手紙が届いたからなの。門倉キョウコさま、って私宛に、あなたの夫と愛し合ってる、彼との子どもが欲しい、と書かれた手紙が。

それを読んでも私は、夫が浮気をしているなんて思いもせずに、夫に熱烈なストーカーじゃないかと心配になった。手紙は直筆だったし、狂気を感じたのよね」



とてもきれいな字だったから余計にね、とキョウコの視線がその文字を思い出すように宙に浮いた。

「それで夫に伝えたの。こんな手紙が来たから気を付けた方がいいんじゃないって。そしてたら…笑い飛ばすと思っていた夫が、わかりやすく動揺したわけ。そのあとはもうなんというか、彼は本当にごまかすのが下手だから。

1言2言追及したら、すぐに認めちゃったのよ。刑事ドラマの取り調べシーンなら成立しないくらい、あっさりとした自白だったわ。その子と関係が始まったのは、1年くらい前のことだって。

でも子どもが欲しいなんて言ったことはないし、一番守りたいのは、一番愛しているのは、キョウちゃんなんだって、本当に動揺してた」

キョウちゃん。少年のような門倉崇のキャラクターにぴったりと合った妻の呼び方だと、ともみは思った。

「もちろんショックだったわよ。彼はいたたまれなくなったのか、その夜から私たちは別々に暮らすようになったし、私は講義を持ってた大学で、A子さんに待ち伏せされて2人で話すはめになったりもしたりして。

なんというかまるで、遊園地のコーヒーカップ的な遊具にエンドレスに乗せられてるみたいに、ずっと何かに酔ってるみたいな気持ちだった。

それでも、どこか現実感がないままだったの。彼が——浮気したことはともかく、1年もの間、私にバレずに隠し事をしていたことに。そんなことが私の知っている“門倉崇”にできるのだろうか、って、もやもやというか、何か、すっきりしないものがずっと引っかかってる感じで」

「そんなことをするわけがないって人が、いつも犯人じゃないですか?…先生が書かれる作品の中でも」

作品に例えたともみに、キョウコの瞳に力がこもった。

「夫は…違うのよ。出会ってもう20年になるけど、私が知っている彼と本当の彼が違うことは絶対にないと言い切れる。人間は立方体のように多面体だから、もちろん知らない一面もあるとは思う。けれど彼の本質を私が見間違えていることはないと断言できる」

夫に浮気された妻の言葉とは思えない、そのゆるぎない信頼はどこから…と、ともみは気圧される。キョウコが続けた。

「私も最初は弱ってしまって、それが友坂くんに甘えるきっかけになってしまったのだけれど、そのもやもやが…ずっと引っかかったままだった。でもね、2年くらい前に、その違和感がなんだったのかわかった。

A子さんとのことは、夫が望んで始めたわけではなかったの。彼は、私を守るために…A子さんの側にいた。いるしかなかった、と言うべきかな」

守るためって?と理解が追い付かなかったが、ともみは口にはしなかった。

「しばらくして、私が離婚を切り出したんだけど…」
「離婚を切り出したのは…大輝を愛したから、ですか」

キョウコは爽やかにほほ笑んだ。

「私にも好きな人ができた。だからあなたも私に罪悪感を持たずに、A子さんとの未来を選んでくれていいと伝えた。仕事のパートナーとしての関係はこれからもきちんと続けていくから心配しないで、ってね」

そのことを大輝にも伝えたのだろうか。離婚してあなたとの人生を歩みたい。キョウコにそう伝えられたならば、大輝はきっと、世界の全ての幸せを手に入れたかのように、咲き誇る大輪の花のように艶やかに、喜びを爆発させただろう。

「そうしたら…」と、キョウコが小さなため息を零す。

「夫は呆然と固まった。それから、そうじゃないんだ、と泣き崩れた。オレを捨てないで欲しい、キョウちゃんを失ったら生きていけないって。失うくらいなら全てを話すって。その時に知ったの。夫がA子さんと関係を持った経緯を、ね」

キョウコは、繰り返すけれど、ともみさんを信用して話すのだから、必ず他言無用で、と念押し、ともみが頷くのを待ってから続けた。

「地方の撮影の打ち上げのあと、ひどく酔っぱらっていた夜、朝目覚めると夫とA子さんは裸で一緒に寝ていた、ということ。夫には前夜からの記憶が全くなかったけれど、A子さんによると、夫が強引に迫ってきて、自分は拒んだのに最終的には関係を持ってしまったということ。

そう言われればその痕跡もあって…呆然とした夫に、A子さんは言ったそうよ。

『私はずっと監督のことが好きでしたけど、奥様がいらっしゃるから諦めていて…でも、監督も同じ気持ちでいてくれるなら、って体を許したんです。これから私を恋人にしてください。そしたら今夜のことは許してあげます』ってね」

「その、監督の言葉を…信じたんですか?」

妻に浮気がばれた男が、女性に嵌められたのだと事実を捻じ曲げる、そんな常套句にも聞こえたからだ。けれど。

「もちろんよ。だって彼は私にウソをつかないから」

揺るぎのないキョウコの表情とその言葉に、ともみの胸がまた、ざわつき始めた。

― 女として、というより…人として圧倒されてしまう。

誰かを信じぬくことはとても難しいものだ。それが浮気した夫なら尚更。けれどキョウコは夫を信じている自分を信じているから、それを今、こともなげに、まるで当たり前のことのように、やって見せている。

そんな強さをもつ女性は、性の魅力を超えて人として美しい。人は裏切るものなのだからと諦めて生きてきたともみにとっては、眩しく妬ましい美しさだ。

「彼はお酒にとても強いのよ。その上で飲む量をセーブする人だから、酔いつぶれた状態をみたのは20年の付き合いの私でさえ、たった1度しかない。

でもその日は…打ち上げで最初の乾杯をしたあと割とすぐに、彼はその場で眠り始めてしまったらしいのね。

うちの会社のスタッフも、監督が寝落ちするなんてはじめてみたと驚いていた。そんなに疲れている様子もなかったらしいし。それから男性スタッフとA子さんが、寝かせようとホテルの部屋に連れていった」


「…まさか」



普段酔わない程に酒に強い人は、たとえどんなに疲れていたとしても、打ち上げで出てくるような希薄なアルコールで、眠る程に酔うことはない。となると。

― A子がハメた?

近くに座っていたなら、監督の酒に薬を入れることだってできる。今ともみが想像したことを、きっとキョウコも考えたのだろう。

「夫はA子さんに、一夜限りの関係にするなら、無理やり関係を持たされたことを世間に訴えると言われた、と」

そうなれば、事実がどうであれ、世間は圧倒的にA子の味方になるだろう。

「それでも自分は妻が一番大事だから、恋人になんてできないって謝ったらしいの。そしたらA子さんに泣かれてしまって。私のことを欲望のはけ口にしたんですか、遊ばれたならもう生きていけないって。

あの人はバカ正直で優しい人だから。A子さんは真面目で優秀な部下で、それまで好意をぶつけられたこともなかったってことも大きかったみたい。自分がこの子を傷つけてしまったんだと、一夜の責任をとらなければと思ってしまったみたいなの」

「そんなバカなこと…まさかそれでほだされて、監督は先生にバレるまでの1年間、関係を続けたんですか?だいたい、脅してくる時点で怪しいじゃないですか、その女(おんな)の行動は…」

呆れ、またも言葉が強くなったともみに、キョウコが困ったように、だからバカな人なのよ、と笑った。

「でも彼はそれ以来、A子さんと一度も関係を持たなかったらしいの。A子さんに脅されて強引に迫られても、男性的にというか物理的に無理だったみたい。それでも彼女が望むまま…呼び出されるたびに一緒に過ごすことで、満足してくれればいいと思っていたんだって。

まあ、A子さんの彼に対する気持ちは本物だったんでしょうし、健気だったんでしょうね。一緒に過ごすうちに、それが愛じゃなくても…手のかかる危なっかしい妹のように感じるようになって、ほっておけなくなったんじゃないかしら」

哀れむようなキョウコの口調から、夫への恋情はもう存在していないことを、ともみはあらためて感じた。

「でもそれがなぜ…監督がA子さんとの関係を続けることが、先生を守ることに繋がっていくんですか?」

「A子さんは、度々言ってたそうよ。もう離婚はしてくれなくてもいい。でも自分の側を離れるなら、今度は奥さんを攻撃する、と。自分はどうなってもいいから、破滅の道連れにしてやるってね。

私に直筆で手紙を書いた狂気を、彼は一番近くで感じていたはずだから」

「それでも、その事実を…脅されているとか、そもそも関係をもったことすら怪しいとか、もっと早く…先生に正直に話せばよかったんじゃないんですか?手紙が届くまで、監督は先生に隠し続けていたんですよね?」

「…そう、それが、とても悲しかった」

キョウコの顔が、寂しそうに歪んだ。

「彼は、全て本当のことを…A子さんと関係が始まった夜の記憶がないことを話しても、私が信じてくれないと思ったみたい。

話せば、私に軽蔑されて捨てられるのが怖くて言えなかったって。だからせめて、A子さんの言う通りにして、私に危害が及ばないように守ろうとしたらしいんだけど…」

言葉を切ったキョウコに、ともみは切なくなる。

「私は彼の言葉ならきっと疑わなかった。そしてA子さんとの問題を解決しようって提案したと思う。たとえそれで、彼女に逆上されてキャリアを失うことになったとしてもね。

でも夫は——私が彼を信じて一緒に闘う人間だってことを、信じてくれてなかったってことだもの。とにかく…私が事実を知るのが遅すぎたのよ」

人生はタイミングだとともみも思う。もし5年前のその時に、門倉夫婦が全てを分かち合っていたら。2人でA子との問題に向き合っただろうし、きっと——大輝の気持ちをキョウコが受け入れ、2人が愛し合うこともなかったのだから。

「でもなぜ…そのA子さんが大輝を攻撃することになるんですか?」
「私が離婚を切り出したことで、夫は耐えられなくなり全てを告白してくれて、私も夫に伝えたの。もうA子さんの側にいる必要はない、たとえ私にどんな矢がとんできたとしても、私は自分で闘えるからってね。だから、夫はA子さんにもう会わないと告げた」

その後、A子が門倉監督を訴えることはなく、表面上は、平穏な日々が続いていたというが。

「でも、その半年くらい後かな。彼女が私の前に現れたってわけ。私と友坂くんの関係も、私が夫と別れて彼との人生を歩もうとしていることも知っていた」
「それが、不思議です。A子さんは、探偵でもつけたんでしょうか?どうやって大輝のことを知ったのか…」

それは…とキョウコは言葉を濁した。

「私も詳しくは知らないの。もし気になるなら友坂くんに聞いてみて。友坂くんとA子さんは、その前から面識があったみたいだってことだけは、確かよ」

― なぜ、大輝とA子が…?

ともみの疑問を吹っ切らせるかのように、キョウコは、ともかく、と続けた。

「A子さんは、私に“愛”を失わせることに執着したんじゃないかと思う。だっておかしいでしょう?普通に考えて、私への恨みなら、私の不倫を暴露して、その相手が友坂くんだということも公表してしまえば、私は社会的立場や仕事、そして友坂くんも沢山のものを失うのに。

でも、そんな一挙両得的な破壊方法じゃなくて、A子さんは別れなければ友坂くんを攻撃すると、私に選択肢を与えた。その提案なら、私は愛を手放す代わりに友坂くんを守れる、ということになるでしょう」

確かに、週刊誌やSNSにキョウコと大輝の不倫を暴露したとして、2人がキャリアや、夢の全てを失ったとしても、愛だけは貫くことができる。

― むしろ全てを失った方が、堂々と一緒に過ごせるようになっただろうし。

きっと大輝なら…自分の夢が潰れたことなど気にせず、キョウコを守るために生きられる喜びに満たされて過ごしてゆくだろう。そしてそれは、初めての愛を知ったキョウコにとっても、幸せな日々になったはずだ。

「結果的に彼女の攻撃はとても的確で効果的だったってわけ。友坂くんを狙われたら、私は彼を守る選択をするしかないのだから。私は私の選択として、愛を手放した。私から愛して愛される喜びを奪うこと。それこそが、A子さんの狙いだったんでしょうね」



「友坂くん、だよね」

未だ懇親会と称したパーティーが続いていた宴会場で、何気なく時間をつぶしながら、ともみからの連絡を待っていた大輝は、背後から声をかけられ振り向いた。

「門倉監督」

かつては誰よりも羨ましかった恋敵の登場だった。大輝は少し驚きながらも、「お会いするのは、はじめてですね」と微笑んだ。


▶前回:「ようやく離婚できる」結婚15年、おしどり夫婦を演じる妻の本音とは

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:10月21日 火曜更新予定


配信元: 東京カレンダー

提供元

プロフィール画像

東京カレンダー

20年以上東京のラグジュアリーを取材してきた雑誌『東京カレンダー』のWebサイト。 最新のグルメ情報、洗練された大人のリアルな恋愛・結婚事情からデートに役立つ情報、ファッションや美容トレンドまで。 ハイスペックなライフスタイル情報をお届けします。

あなたにおすすめ