
AI時代において従来の「安く買って高く売る」ことを目的とした「売買型株式投資」ではなく、企業の本質的価値と向き合い、長期的に成長を支える「オーナー型株式投資」が成功の鍵を握ります。本記事では、奥野一成氏の著書『武器としての投資~AI時代を生き抜く資産とキャリアの築き方~』(KADOKAWA)より、お金と仕事の不安を全解消に導く「オーナー型株式投資」の基本や投資家としての心得を解説します。
長期的に企業価値の増大を見極める「オーナー型株式投資」
世の中では、株式投資とは「安く買って高く売る」ことで利益を得る行為だと考えられています。日々の株価の上下に注目し、売買のタイミングを見極めることが成功の鍵(かぎ)だという見方が一般的です。多くの投資家が市場の変動を収益化しようとし、SNSやニュースに張り付き、次の売買チャンスを探しています。
しかし、株式投資には別の考え方も存在します。それが「オーナー型株式投資」です。これは、企業の一部を所有し、その価値の増大を自らの資産として享受する投資スタイルです。株価の短期的な変動ではなく、企業の成長そのものを投資リターンの源泉と考える点が特徴です。
この2つのスタンスは、保有期間の長短はあれ、株式を売買するという事実において違いはないかもしれません。それは単なる心構えの違いだと片付けることもできます。
しかし、この心構えの違いが、投資期間の長短、投資先企業の選び方、ポートフォリオの組み方、さらにはビジネスパーソンとしての仕事への取り組み方に至るまで、決定的な差を生むのです。
売買型株式投資では、値動きを予測し、需給の変化を捉(とら)えることが重視されます。一方で、オーナー型株式投資では、事業の経済性や企業の成長力に焦点を当て、長期的な視点で企業価値の増大を見極めることが求められます。
どちらのアプローチを選ぶかは、投資家それぞれのスタンスによります。具体的には短期的な市場の変動を収益化するのか、それとも企業の成長をじっくり待つのか。ここで重要なのは、自分が目指すべき「人生のゴール」が何かということです。
本記事では、売買型株式投資家W氏の1週間を紹介します。
売買型株式投資家W氏の投資に没頭する1週間
「オーナー型株式投資」の事例を紹介する前に、本記事ではまず広く知られている投資の方法である「売買型株式投資」を行っているW氏の1週間を見てみましょう。
仕事と投資の板挟みな状況下で月曜から夜更かし
朝、W氏はスマートフォンでSNSをざっと流し読みし、「今週の注目銘柄」の投稿をスクリーンショットに保存する。売買の判断材料として、需給やチャートの動きを確認しながら、証券アプリで保有株の動向をチェック。朝の売却注文を済ませ、慌ただしくスーツに袖(そで)を通して家を飛び出した。
午前の営業部定例会議では、上司の説明を聞きながら真剣にメモを取るが、「今朝売った銘柄の価格はどうなっただろうか?」と何度も頭をよぎる。しかし意識を切り替え、会議の議論に集中する。
午後の商談では、顧客との会話に没頭するも、移動中には証券アプリを開き、売却した銘柄の値動きを確認。「利益が出てよかった」と安堵(あんど)するも、「もっと良いタイミングがあったかも」と考え始める。
帰宅後、投資系YouTube を再生しながらSNSをチェック。「〇〇銘柄はまだ上昇余地あり」という投稿を見つけ、翌朝の売買を検討。気づけば深夜。「明日こそ早く寝よう」と思いながらも、米国市場の動きをチェックしてしまい、結局就寝が遅くなる。投資と仕事、どちらに重きを置くべきか……W氏の迷いは、月曜日の終わりとともに深まっていった。
ランチの誘いより株式売却を優先させる火曜日
寝不足の朝、重要なプレゼンテーションの準備に追われるが、市場の寄り付きが気になり、つい証券アプリを開いてしまう。株価チャートを見ながら「ここは損失が出る前に売るべきかどうか……」と迷いながらも、意識を仕事に戻す。
顧客との商談は順調に進み、成功裏に終わる。その後ランチに誘われるが、「午後の予定があるので」と断ってしまう。実際には、相場の動向をチェックしたかっただけなのだが。昼食を簡単に済ませ、スマホを確認すると「午後下落の可能性あり」との投稿を見つけ、慌てて売却を進める。「今ならまだ少しは益が乗っているはずだ」と自分に言い聞かせるのだった。
午後はプレゼンテーション資料の修正に取り組むが、売却後の株価が気になり、なかなか集中できない。夕方、上司から「明日の会議資料はどうなった?」と尋ねられ、慌てて「あと少しで仕上がります」と答え、残業を覚悟する。
夜、帰宅後、毎月1万円を支払っているオンラインサロンにログイン。著名投資家の講義を聞くが、内容はSNSやYouTube と大差ない。それでも「特別な情報を得ている」という満足感を覚え、注目銘柄のチャートを眺めるうちに、また就寝時間が遅くなってしまう。
利益確定も夜中まで値動きを凝視する水曜日
寝不足の朝、W氏は真っ先に証券会社のサイトにログイン。2週間前に新NISA枠で購入したS&P500インデックスファンドが順調に値上がりしており、迷わず売却オーダーを出す。「非課税で利益を確定できるなんて、本当にラッキーだ」と優越感に浸りながら、仕事の準備に取りかかった。
今日は午後に重要な社内会議が控えているが、昨日の残業で資料はほぼ完成している。午前中は集中して最終調整を行い、無事に発表を終えた。上司やチームメンバーからの評価も上々で、W氏は「今日は仕事にしっかり向き合えた」と安堵する。
しかし、会議後に上司から誘われた慰労会を兼ねた飲み会は「今日は用事があるのですみません」と断ってしまう。というのも、売却益がどれくらい出るかが気になっていたからだ。「会社のメンバーと飲みに行っても時間とお金が減るだけ」と感じている。
帰宅後、再びスマートフォンを手に取り、次の投資先を模索する。「売却益をどのセクターに振り向けるべきか?」と考えながら、インフルエンサーの最新投稿をチェック。やがて米国市場がオープンし、値動きを凝視する時間が始まる。結局、夜遅くまで相場の動向に一喜一憂し、翌朝には目の下にクマを作る羽目に。
「塩漬け銘柄」発覚に、動揺を隠せない木曜日
木曜日の朝、W氏は満足感とともに目を覚ました。前夜の米国市場は予想以上に上昇し、売却オーダーを出していたS&P500インデックスファンドの価格もさらに値上がりしていた。新NISA枠での取引だったため、売却益に税金がかからないことを改めて確認し、「いいタイミングで売った」と自分の判断を誇らしく思う。
しかし、W氏の頭にはもう一つの悩みがあった。それは、数カ月前に購入した個別銘柄の存在だった。購入時は「確実に上がる」とインフルエンサーが言っていたが、実際には買値を大きく下回り、「塩漬け」の状態になっていた。参考にしていたインフルエンサーの投稿からは、その銘柄のコメントは姿を消している……。
「このまま損切るべきか、それともナンピン(株価が下落した時に買い増す行為)を入れて平均取得価格を下げるべきか……」というとりとめもない考えが、業務時間中もときおり頭をよぎるのだった。
投資とキャリア……自身の行く末に迷う金曜日
金曜日の朝、W氏は少し早めに目を覚ました。今日は今週最後の出勤日であり、夜には転職エージェントとのオンラインミーティングが控えている。「もっとタイパ・コスパの良い職場に移れば、投資に集中できる時間が増えるのではないか」と考えながら、スマートフォンで市場の値動きを確認した。
午前中の顧客訪問では、普段通り準備を整えて臨んだが、「この仕事は本当に自分にとって最適なのか?」という考えが頭をよぎる。仕事そのものや人間関係に不満はないものの、日々の業務に追われることで、十分に自分の投資のリサーチ時間が確保できないことにジレンマを感じていた。
夕方、業務を終え、転職エージェントとのオンラインミーティングに参加。提示された転職先は、年収が少し上がり、残業が少なく、有給消化率も高い。「これなら、もっとマーケットを分析する時間が取れるかもしれない」とW氏は前向きに考えるが、「投資に時間をかけることが、本当に自分のキャリアにとって最善なのか?」と迷いも同時に生じる。
ミーティング後、ソファでビールを片手に考え込む。より多くの投資情報を集め、売買の精度を上げることが、本当に自分の人生を豊かにするのだろうか。そんな思いがよぎりつつも、結局スマホを手に取り、翌朝のマーケット動向を確認するのだった。
週末の投資サロンオフ会で覚えた悔しさと不安感
週末、W氏は投資サロンのオフ会に参加することを楽しみにしていた。朝、SNSをチェックしながら米国市場の動向を確認し、インフルエンサーのコメントを読み漁(あさ)る。そんなとき、大学時代の友人から「久しぶりに集まらないか?」とメッセージが届く。ふと懐かしさがよぎるが、「今日は予定があって……」と断ってしまう。
オフ会の会場に到着すると、すでに常連サロンメンバーが集まり、活発に情報交換をしていた。「今週、〇〇銘柄で30%のリターンが出た」「俺は新興株に資金を振り向けて、なかなかいい感じだ」―会話の端々に投資成績のマウンティングが滲(にじ)む。
W氏も負けじと、「自分もS&P500をいいタイミングで利確できた」と話すが、「それなら、もっとリスクをとって個別株に行けばよかったのに」と言われ、少し悔しさを覚える。
途中、主宰者である著名投資家が市場の展望を語る。W氏は熱心にメモを取り、最近売却した銘柄について質問を投げかける。「良い判断だった」と評価されると、安心すると同時に自信も深まる。しかし、別の参加者が「でも△△銘柄の方がもっと利益が出たよ」と話すのを聞き、W氏は再び不安になる。「自分はまだ甘いのか?」。
オフ会後、参加者とカフェに移動し、さらに投資談義が続く。「結局、いくら投資しているの?」という話題が出ると、W氏は曖昧(あいまい)に笑ってごまかす。明らかに数千万円単位で運用している人たちもいて、「自分はまだまだ小物かもしれない」と思わざるを得ない。かつては純粋に市場を学ぶことが楽しかったが、いつの間にか「他人より優れたリターンを出さなければならない」というプレッシャーを感じるようになっていた。
家でくつろいでいると、朝連絡のあった友人たちが集まった写真が送られてきた。居酒屋のテーブルに並ぶ料理、変わらない笑顔の仲間たち。「やっぱり行けばよかったかな……」。スマホを握りしめたまま、W氏はふと自分を俯瞰(ふかん)する。「投資ばかりに時間を割いているが、これで本当に自分は幸せなのか?」。
しかし、彼は思考を振り払うように市場の予測を続け、またいつもの通り夜更かしをしてしまうのだった。
奥野 一成
投資信託「おおぶね」 ファンドマネージャー
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC)
常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
