◆「夢」「挑戦」 美談調で語られるアスリートの海外進出

近年、大谷翔平をはじめ日本出身選手のMLB進出が加速しており、今後も日本プロ野球(NPB)からは東京ヤクルトスワローズの村上宗隆、阪神タイガースの佐藤輝明、埼玉西武ライオンズの今井達也など、各チームの看板選手がメジャー移籍を目指していることが報道されている。
この現象は日本のメディア上では「夢」や「挑戦」という美談調で語られがちだが、アスリートからしてみれば契約金も年俸も高いからという部分も非常に大きい。そこで今回は「日本選手の海外進出」について、主に「カネ」の視点から考えてみたい。
大谷翔平の日本時代の最高年俸は2億7千万円だが、現在、MLBでの年間ベースの年俸は100億円程度である。なお総額では10年7億ドル=現在のレートで約1000億円規模の契約だが、大谷が実際に受け取るのは年3億円ほどで、残りは引退後に支払われる“後払い契約”だと報じられている。
一般的な日本の正社員が定年まで働いて得る生涯賃金は2〜3億円程度である。一般的に、税金や社会保障を考慮すれば、実働期間中に数億円を得るだけでも社会的には“成功者”とされる水準だろう。ところが大谷は1年で、サラリーマンが40年かけて得る金額を稼ぎ出す(それも、本来1年でもらえるはずの金額の30分の1というディスカウント価格で)。
スポーツ好きであれば「大谷の年俸100億、すごい!」と、純粋に受け止めてしまいがちだが、中には「本当にそんなに必要なの?」と疑問に思ってしまう人もいるのではないだろうか。
◆「人気」「知名度」が報酬格差に響く
アスリートたちにとって貨幣は資本主義社会で最も明確な「評価の言語」であり、自己の存在価値を測る秤でもある。「自分が最も評価される場所に行く」——それは単なる欲望ではなく、彼らのごく自然な生のあり方である。こうした巨額契約の背景には、単なる実力を超えた構造的な要因がある。経済学ではこれを「スーパースター効果」と呼ぶ。わずかな才能や成果の差が、マスメディアとグローバル市場の「人気」「知名度」といった尺度のなかで報酬格差を増幅させる現象だ。資本主義の「最上位の人物が巨額の報酬を得る」という非線形構造を、スポーツビジネスはもっとも純粋な形で体現しているともいえる。
「大谷の年俸が高く設定される必然性がどこにあるのか」という先の問いに答えるなら、彼のような選手は東アジアから北米に至る広大な市場で巨大な人気を得る存在であり、ドジャースは彼をつなぎとめるため、球団経営が成立しうるぎりぎりの水準まで報酬を積み上げざるを得ない、ということだ。
「日本出身選手のMLB進出」背景を考える上でもうひとつキーとなるのは、「日米の経済格差拡大」である。’90年代まで、MLBの市場規模はおよそ1500億円、NPBは約900億円と、その差はそれほど大きくなかった。特に’90年代にはNPBの成長が著しく、円高ドル安の追い風もあり、当時のMLB主力級選手が日本球界でプレーしていた時代でもある。
だが現在、MLBの年間収益は1兆9000億円で、NPBの約2000億円とはもはや隔絶したスケールになった。30年でその金額差はおよそ30倍にまで拡大した計算になる。その結果、’90年代に見られたような「双方向の人材流動性」はほぼ失われ、日本からアメリカへの一方的な人材流出が定着した。また円高だった’90年代と違って2020年代は円安が進行しており、今後この構造が一層固定化していく可能性が高い。
こうした経済的非対称性のもと、日本の野球界は「アメリカに優秀な人材を供給する装置」と化していった。つまり、これまでのように“夢”や“挑戦”のような美談として捉えるフェーズはもはや終わりつつある、ということだ。

