
「骨董品・古本・居酒屋『三福』」で、昭和の大投資家「エビ銀」と出会った20代の夫婦・信二と姫奈。エビ銀に投資のいろはを教わる決心をした2人に、まず与えられた課題は「自己紹介」と「成長しそうな会社をみつける」でした。本稿では、奥山月仁氏の著書『株小説エビ銀 路地裏の大投資家が教えてくれたこと』(日経BP)より、ベテランにも初心者にも使える株投資の基本をみていきます。
「お金持ちになりたい」覚悟を決めた若き夫婦
2人は、彼らの武勇伝に釘付けだった。いったいどのくらい資金力があれば、そんな大勝負が打てるのだろう。庶民では想像もつかない大金を動かしていることだけは間違いない。
「僕たちも皆さんのような大金持ちになりたいです」
信二がつい漏らした言葉をエビ銀は聞き逃さなかった。
「なれるさ」
迷いのない言葉に信二は嬉しくなった。
「オレもサラちゃんも貧乏のドン底からここまで這い上がってきたんだ。真剣に、そして合理的に、株式投資に取り組むなら、きっと想像もできないほど、大金持ちになれるよ」
この人たちと一緒なら本当に夢は叶うかもしれない。信二は未来が明るく輝くのを感じた。結局、この日はずいぶん飲んで騒いで、夜の9時にお開きとなった。
別れ際、エビ銀は2人に宿題を出した。
「来週の日曜日にまたおいで。その時までに、君たちの趣味や興味のあること、あるいは得意分野を紙に書き出して教えてくれないか?」
「はーい。宿題ですね」
「わかりました。自己紹介ファイルを用意して戻ってきます」2人は上機嫌で返事する。
「それから、もし、君たちの知っている会社で、今後伸びそうな会社があったら、それも考えて来るように。そういう具体例があったほうが説明しやすいんだ」
姫奈は酔っぱらった勢いもあって、半分冗談で反応した。
「そんなまどろっこしいのじゃなくて、銀さんなら、上がる株なんて、すぐわかるんでしょ? それを教えてもらえると嬉しいんですけど……」
この言葉には、珍しくエビ銀が怒りを露わにした。
「みんな、上がる株を教えてもらおうとする。それが間違いの始まりさ。悪い奴は上がる株ではなく、もう上がらない株を教えたがる。自分が買った株を高値で売りつけるためにね。そんなことも知らずに、ありがたがって、カネまで払って、クズ情報を手にする浅はかな連中が多すぎる。もし、君もそうなりたいんだったら、教える気はない。もう二度と来ないでくれ」
これまでと打って変わって、眼光が険しくなり、声には重みがある。数々の修羅場をくぐり抜けたエビ銀の本性が垣間見えた。
それでも、凍りつく2人の顔を見ると、元の表情に戻って、おどけて言った。
「もっとも、そうじゃなくって、投資のノウハウや実力を身につけたいというなら、このエビ銀様の弟子として、株の勝ち方を教えてさしあげましょう」
2人はほっとして、頭をぺこりと下げた。
エビ銀からの宿題
土曜日の朝、2人は宿題のことを思い出した。コピー用紙を取り出して、姫奈は思いつくままにシャーペンを走らせる。
〈趣味〉
・ダイエット
・カラオケ
・旅行
〈興味のあること〉
・家を買うこと
〈得意分野〉
・事務処理(仕事)
「こんなんで良いのかな? こういっちゃなんだけど、自慢できるような趣味も特技も仕事もないんだけど……」
姫奈のメモを横目に、信二は自分の分をノートパソコンに打ち込んだ。
〈趣味〉
・映画
・ジョギング
・酒
〈興味のあること〉
・家を買うこと
〈得意分野〉
・火力発電プラント(仕事)
「僕もダメだね。普通すぎる。部活をずっと続けるとか、何か変わった楽器を練習するとか、もっと、自分を差別化しとけば良かった」
平凡すぎる生活が、平凡すぎる自分を作り上げてしまう。信二はこれまでのつまらない生き方を思い出して落ちこんだ。
「しょうがないじゃない。これが私たちなんだから」
あまりにも月並みな僕たちに、エビ銀さんはなぜ、株を教えてくれる気になったのか? 信二は少し不安になった。
「本当に銀さんとかサラさんって、有名なのかな? ネットで調べてみようよ」
検索してみると、確かに、エビ銀、サラ柴の名前がいくつも出てくる。ただ、伝説の投資家としての逸話めいた話や古い雑誌の対談記事など、出てくるのはすべて10年以上前のもので、最近の様子はわからない。
「第一線からは引いているみたいだね」
「そうでしょうね。きっと、すっかり大金持ちになって、ゆっくり趣味でも楽しんでるんでしょ? それで、暇なもんだから、たまたまやってきた私たちを見て、思い付きで投資のことを教えようって気になったんじゃない?」
「そうかな? あの店にいたのは、実は偽物のエビ銀とサラ柴だったりして。詐欺師は他人になりきって、本当にうまく騙すらしいからね」
見ず知らずの人が、いきなり儲け話を親切に教えてくれるなんて、まともに信じてはいけない。当然の心配である。
「そんなこと絶対にないわ。たまたま立ち寄る素人を騙すために、あんなところにあんな立派な店を構えるはずないじゃん。どう考えても桁違いの大富豪よ」
確かに、素人から小銭を騙し取るレベルの詐欺師にしては大仕掛けすぎる。
