警察官の不祥事を報道などで見かけることは少なくないだろう。市民の安全を守る正義の存在にとって真逆の行動となり、警察のイメージ失墜に多大な影響を与える背信行為だ。
だからこそ、警察組織内では特に幹部たちが部下の不祥事の予兆に鋭敏なアンテナを張っている。
勤続約20年の警察OB・安沼保夫氏は現役時代、機動隊に所属していた30歳手前の頃、ふとしたことから、上司に預金通帳をみせる羽目になったという。なぜそんなことに…。
警察幹部が気をもむ、不祥事の「予兆」とは一体、どんなことなのか。
※ この記事は、安沼保夫氏著『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋・構成しています。
警察が嫌う金絡みトラブル
「不祥事の前には兆しがある」警察業界でよく言われるフレーズだ。
不祥事が自分の昇任に直結する幹部たちはあらゆるアンテナを張って“兆し”を発見しようとする。金づかいが荒いとか、反対に質素すぎる生活をしていても目をつけられる。
私の同期には数百万円の借金を抱え、上司から依願退職を迫られた者がいる。
彼は親族から金を集めて返済し、首の皮がつながった。罪を起こす者に容赦ないのは当然だが、この組織はお金にルーズな人間にも厳しい。不祥事の芽は早いうちに摘まねばならないのだ。
上司に通帳をみせる羽目になった理由
あるとき、機動隊の仲間たちと出前をとることになり、みなそれぞれ注文をした。私はとくに食べたいメニューが見当たらなかったので、持参していたレトルトパックご飯で済ませた。
それを見ていた先輩がふざけて、「安沼、金欠か?」と言った。
「いや、そんなに腹減っていないんで」とすぐに否定したのだが、仲のいい同僚たちも「パチスロですっちゃったのか?」「かわいそうに。これからしばらく白ご飯生活だな」などと面白おかしく囃し立てた。
隊内ではよくあるイジリで、私も特別気分を害するわけでもなく、「うるせーよ」と軽くかわしていた。その数日後、中隊長から「安沼、時間あるか?」と個室に呼び出された。なんのことかわからずに部屋に入ると、中隊長は真面目な顔で、
「安沼、パチスロに入り浸って、サラ金に300万円も借金を作ったというのは本当か?」と言う。
あのときのやりとりにいつのまにか尾ひれ背びれ、さらに具体的な金額までついて、こんな話になってしまったのだ。
「そんなことはありません!」
私はあわてて否定した。しかし、中隊長の顔から疑いの色は消えない。
「明日、預金通帳持ってきましょうか?」
私がそう言うと、中隊長は「そうしてくれるか」と答えた。「そこまで言うなら信じる」となるものとばかり思っていたので、コケそうになったが、ここまで来たらあとには引けない。
卒配の調布署時代の手取りは20万円弱で年収400万円ほどだった。
寮費が1万5000円、その中に電気・ガス・水道料金も込みで食事も平日は寮母さんが作ってくれるのでほとんど金がかからない。このときは30歳手前で年収600万円弱まで増える一方、相変わらずの寮暮らしで派手な浪費もしないので金は貯まっていた。
翌日、通帳を持参して、500万円ちょっと貯まっていた残高を見せると、
「俺は安沼に限って、そんなことはないと信じていたけどな」
と言いながら、中隊長の顔に安堵の色が見えた。
上司からの縛りがキツイ機動隊
閉鎖的な組織では噂がリアリティーをともないながら雪だるま式に大きくなっていく。
私は成り行き上、自発的に預金通帳を見せたわけだが、ある中隊では、所属する全員が通帳の残高の開示を求められたと聞いた。建前上は「任意」ということになるが、警察組織で上司からの指示を拒めるわけもなく、限りなく責任を取りたくないチキンな上司ほど、細かなところを追及してくる。
そして、若手中心ということもあり、上司からの縛りが一段ときつい。これが機動隊という組織の宿命でもある。
■安沼保夫(やすぬま・やすお)
1981年、神奈川県生まれ。明治大学卒業後、夢や情熱のないまま、なんとなく警視庁に入庁。調布警察署の交番勤務を皮切りに、機動隊、留置係、組織犯罪対策係の刑事などとして勤務。約20年に及ぶ警察官生活で実体験した、「警察小説」では描かれない実情と悲哀を、著書につづる。

