◆「どうぞ」と席を譲ったのに…

「19時過ぎて職場を出て、ようやく電車の座席に座れたとき、心底ホッとしました。相当疲れていたんです」
目を閉じかけたその瞬間……。ふと気配を感じて顔を上げると、目の前に“マタニティーマーク”をつけた女性が立っていたという。
「すぐにわかりました。お腹も大きくて体調が心配になったので、すぐに立ち上がって『どうぞ』と声をかけたんです」
しかし女性は、スマートフォンを見たまま無言で座ったのだ。
「一言もなく視線も合わさずに、“当然”という感じで……。正直、戸惑いました」
◆“譲ってもらって当然”にモヤモヤしかなかった
山口さんは、席を譲ること自体に不満はないと思っている。
「それでも、“譲ってもらって当然”という態度に触れると、少し悲しくなるんです」
妊婦の女性は足元に荷物を置き、電車が揺れるたびに踏みそうになっていたそうだ。そのたびに、冷たい視線を感じていたと、山口さんは振り返る。
「疲れていたこともあって、心がすり減る感じでしたね」
電車を降りる際、女性は何も言わずに立ち上がり、荷物を乱暴に持ち上げて立ち去った。
「せめて『ありがとう』の一言があれば、それだけで気持ちは救われていたと思います」
その日以来、山口さんは無意識のうちに車内で妊婦を探してしまうという。
「同じような人だったらどうしようと、構えてしまう自分がイヤなんです」
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

