◆過剰情報で説教の糸口を断つ
共感で信頼を得た後、高梨さんは次の戦略、過剰情報による心理誘導に移行しました。男性が理解できないほどの情報量を、一切省略せずに早口で正確に説明するという方法です。「その制度は、地方自治法第〇〇条の規定に基づき、平成〇〇年の通達により、さらに…」と、膨大な関連法令や過去の判例、専門用語を組み合わせて説明したそうです。
男性は最初、興味深く聞いていたものの、説明が進むにつれ、次第に「この若者は自分の知らない非常に専門的なことをやっている」と感じ始めたといいます。
「どんどん情報量が増えて、理解が追いつかない状態になったみたいです。少し混乱しているようでした」
周囲の市民も、窓口のやり取りに興味津々で耳を傾けていたそうです。
男性が言い返す機会を失ったことを確認した高梨さんは、最後にこう尋ねました。
「これらの資料、すべてコピーして持ち帰られますか?」
厚さ数センチにもなる資料の束を提示された男性は、知的敗北感を味わいながら、「いや、もういいです」とだけ言って申請書を持って立ち去ったそうです。
◆若手職員の心理戦略が功を奏す
高梨さんは、共感による心理的受容と、専門知識の圧倒的提示という二段構えで、迷惑な高齢者を穏やかに退けたことになります。「マニュアル通りだけでは解決できない状況もあります。相手の心理を読み、適切に対応することで、穏便に解決できる場合もあるんです」
窓口の同僚も、「あのやり取りは圧巻だった」と話しており、若手職員が高齢者の説教に対して冷静かつ戦略的に対処したことは、職場内で話題になったそうです。
市民課の窓口担当者によれば、「こうしたケースでは、まず相手の不満や感情を受け止め、次に適切な情報提供を行うことが重要」と指導されているとのこと。高梨さんはそれを応用し、自らの判断で心理誘導を成功させた形です。
今回の一件は、単なる窓口対応の成功例に留まらず、若手職員が高齢者の理不尽な要求を穏便に解決するモデルケースとしても注目されているとのことです。心理的な受容と圧倒的な情報提示、この二段構えは、窓口業務に限らず、日常のあらゆる人間関係にも応用できるのかもしれません。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

