◆翻訳家の仕事はAIに奪われない
アメリカでは、AIを使うスキルが直接的に評価を左右する時代になっています。先日、ワシントン大学のキャリアアドバイザーイベントで、Microsoftでエンジニア採用を担当している方と話す機会がありました。彼は若手エンジニアを採用する際の面接で「AIをちゃんと勉強していて、ある程度使えるか?」を必ず聞くと話していました。少なくともエンジニアの世界では、AIを使えるかどうかという点がどんどん採用基準にも盛り込まれていくでしょう。彼らが求めているのは新しい技術を自身のプログラミングに活かせる人材で、それはもはや標準スキルなのです。
ただ、だからといって非エンジニア職でも同様にAI活用が条件になるかと言えば、そうはならないと思います。これはテック業界の前線で働く身としての実感なのですが、AIによる仕事の代替には、まだまだハードルがあると思うからです。
たとえば翻訳の仕事です。洋書を日本語に翻訳するような仕事は、「真っ先にAIに奪われる」などと言われてきました。確かに、英語を日本語に変換すること自体は簡単です。しかし、小説のような作品の場合、単に言葉を置き換えただけでは、誰もお金を払って読みたいとは思わないでしょう。
翻訳家は、言葉の裏にある時代背景や、文章全体の文脈、作家の癖といった「文字として書かれていない多くの情報」を理解したうえで言葉を選んでいます。この「行間を読む」作業は、現在のAIにはまだ難しい。英語だろうが日本語だろうが、この「文字通りではないこと」を理解する能力は、依然として人間の強みです。
◆AIのアウトプットは「正しすぎてウザい」
また、仕事における“正解”は、AIが考える正解とは必ずしも一致しません。AIにとっての正解が「1+1=2」だとしても、職場における正解は「上司は2という答えが好きじゃないから、1.5と報告しておこう」とか、「本人に直接伝える前に、別の人に根回ししておいた方がスムーズに進むな」といった、人間関係や組織の力学を考慮したものであることが多いです。AIのアウトプットは、時として「正しすぎて逆にウザい」と感じられる結果を生みかねないのです。このような、職場特有の複雑なコンテキストを理解してアウトプットを調整する能力は、まだまだ人間に分があります。
サム・アルトマンのようなAIを推進する人々は、「AIが未来をどう変えるか?」「どんな仕事がなくなるか?」を語ります。しかし、そのビジョンと、現場で働く社員の感覚には、まだ大きな温度差がある。これはAIが役に立たないということではありません。単に期待値が先行しすぎているということだと思います。
とはいえ、これはあくまで過渡期の話です。今はまだ「人間が作った優れたアウトプットにAIを近づける」というアプローチを取っていますが、将来的にAIが人間では思いもつかないような優れたアウトプットを生み出せるようになれば、話は変わってきます。その時には「人間が手出ししないほうが良い結果が生まれる」という状況になるかもしれません。
そんなブレイクスルーが起きた時、私たちの仕事や価値観は、再び大きく変化することになるのかもしれませんね。
<構成/秋山純一郎 写真/PIXTA>
【福原たまねぎ】
米GAFAMでプロダクト・マネージャーとして勤務。ワシントン大学MBAメンター(キャリア・アドバイザー)。大学卒業後にベンチャー企業を経て2016年に外資系IT企業の日本支社に入社。2022年にアメリカ本社に転籍し現職。noteでは仕事術やキャリア論など記事を多数発表。X:@fukutamanegi

