いつまでも輝く女性に ranune
恋を長続きさせるために、絶対にやってはいけないコト。わかっているのに、28歳女はつい…

恋を長続きさせるために、絶対にやってはいけないコト。わかっているのに、28歳女はつい…

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:「なんとしても…」片思いの彼を手に入れるため、女がとった卑怯な手段


「で?まさかですけど…ともみさん、その人妻さんが“別れることに決めた本当の事情”ってやつを、大輝さんに伝えるつもりじゃないですよね?ま・さ・か、ですけどぉ?」

2度目のまさかを強調して呆れた顔で眉を寄せ、ともみの顔をのぞきこんだのはルビーだ。キョウコとともみが対面を果たした3日後のTOUGH COOKIES。予約客が到着する1時間前に店内の準備を終わらせ、恒例の(主に食べるのはルビーだが)お菓子タイムの時間だった。

休みに沖縄に行ってきたというルビーが、この世で一番好きなお菓子の1つだというサーターアンダギーを大量に買ってきたので(ルビーには一番好きなお菓子が大量にある)ともみは普段カクテルに使っている甘さ控えめのアーモンドミルクを2人分入れた。

カウンターに並んで食べ始めてすぐに、このところのあれこれ——大輝と付き合い始めてからの事情をルビーが聞きたがったので、ともみは大輝の元カノが実は著名人で…というような個人が特定できそうな情報は隠しながらも、正直に話していくことにした。

「ずっと好きだった人と付き合えることになったんだから、ただラブラブチュッチュしてればいいのに…わざわざ元カノに会いに行くなんて、なんでそんな厄介なことしちゃうんですかぁ」

と、ペラペラしゃべる、もぐもぐ食べる、を器用に繰り返す合間で大げさにため息をついたルビーが、「まあ、ネキが恋愛激ヘタなのはわかってますからね」と、ポンポンとともみの肩を慰めるように叩いた。

「…そのネキって言うのいい加減やめない?」

ともみの毎度の提案を笑顔でスルーし、ルビーは続けた。

「いいですか、ネキ。LOVEを長続きさせるためには、やっちゃダメなことがあるわけですよ。ぶっちぎりの第一位は相手の携帯を勝手に見ることでしょ?でもそれと同じくらい、恋人の元恋人のことを探るのもダメ。いい事なんてあるわけないんだから。

なのにまさか、自分から会いに行く人がいるとは…なんつーか、ハート強すぎて怖いっす。そこまでいけばむしろリスペクト的な?」

話す…というより、ともみへの説教の間も食べる手を止めず、おそらくもう10個目以上にはなる新たなサーターアンダギーに手を伸ばしたルビーに、哀れむような視線を向けられ、ともみはぐうの音も出ない。

大輝と出会うまで、狙った男性は必ず手に入れてきたはずの自分が、実は本気の恋は初めてという恋愛初心者で、恋愛音痴属性だということは、ルビーに散々からかわれたことで、しぶしぶながらともみも自覚するようになっていた。今も、ルビーの言い分が正しいんだろうな…とは理屈では分かるけれど。

「ま、ともみさんは一回こっぴどくフラれてるからね」
「…こっぴどくって…」
「で、必死に友達になろうとしてた時に、突然やっぱり好きかも…って言われて付き合うことになってアワアワしちゃうのも、ネキの恋愛偏差値の低さじゃ仕方ないかなと思うけどさぁ」
「…ルビー、あなた私のことバカにしてる?」

睨んだともみに、「そんなわけないじゃ~ん!超、超、アイシテル♡」と満面の笑みで、両手で♡マークを作った。


「アタシはただ、ほんっとうに心配なだけ。あまりにも急展開で恋人になれちゃったもんだから、大輝さんの本心を確かめたくなるのもわかる。で、そのために真っ向から元カノさんに会いに行っちゃう勇者っぷりも、ネキ…ともみさんらしくて、私は大好きだよ。でもさ」



ルビーの眉が、心から心配していると伝えるかのように寄せられ、下がった。

「ともみさんは真面目過ぎるし、自分の痛みには超鈍感だから、やっと気づいた時には傷だらけで、死ぬ直前の手遅れって感じになりそうなんだよなぁ」

「鈍感…打たれ強いって言ってよ」

芸能界にいた頃から、思い通りに行かないことばかりだった。けれど全てが夢を叶えるための努力の勲章だと、痛みや苦しみに鈍くなろうとした自覚はある。

「どんな時だって真実を追求しようとするのも、かっこいいと思うよ。でも、知らなくていい真実もあるとアタシは思う。ウソが必要な時もあるし、ウソで守れる幸せもあるんだからさ」

「…ルビー?」

ルビーの口ぶりにいつもとは違う影が見えた気がして、どうかした?と続けようとしたとき、ルビーの言葉が重なった。

「きっとともみさんは、元カノさんに会ったことを後悔してない。でしょ?」
「うん、後悔はないよ」

心からそう答えた。キョウコが望んで別れたわけではないと知ったことで、やるせない想いを抱えることにはなってしまったけれど、ともみはキョウコと話せたことには価値があったと思ってる。

「元カノさんが大輝さんに伝えないと決めたことを、ともみさんが勝手に伝えるのはルール違反だからね?大輝さんを過去に引き戻すようなことは、絶対にしちゃダメだよ?」

諭すような優しい笑みに、ほんの少しだけともみを咎める強さが混じる。ルール違反。確かに、ともみはキョウコに、大輝には真実を伝えない、と約束してしまったのだ。



キョウコは大輝を守るために別れを告げたと言った。夫の元愛人が「大輝の人生を壊す」と脅したからだ。

大輝の人生を壊す。常軌を逸した元愛人がどのような方法で攻撃するつもりだったのか、今となれば分からない。けれど、不倫を暴露されたくらいでは大輝の人生は壊れず、むしろキョウコに惜しみなく愛を注いでいけることを喜んだだろうとともみは思った。

― 大物監督の妻を寝取った男、として夢は失うことになったとしても、ね。

キョウコの夫、門倉崇は日本の映画界のトップに君臨すると言ってもいいほどの有名映画監督だ。業界の中ではまだ新人に位置する大輝とは比べられぬほどの力を持ち、業界内の誰もが門倉崇の肩を持つに決まっている。

さらに、キョウコも日本有数の脚本家の一人だ。“有名女性脚本家と若手新人脚本家の不倫”というウワサが面白おかしく回り始めれば、それは“枕営業”と同義語となり、これまでの大輝の脚本でさえもキョウコが手助けをしたから書けたのではないか、という大輝の能力への疑いも芽生えていくだろう。

そんなスキャンダラスなウワサたちが、狭い業界の中で瞬く間に広がっていく様子が、その世界で生きてきたともみには目に浮かぶように想像ができた。そのうえ、きっと。

— あのルックスが災いする。

誰もが見惚れる外見を使い、キョウコに取り入ったはずだという推測を払拭できるほどの実力はまだ大輝にはなく、書いた作品はヒットしたり、しなかったりという状態なのだ。

自分の力不足を知っているからこそ、大輝は必死に反省と勉強を続けていた。そしてようやく年に2~3本の脚本をコンスタントに任されるようになったと喜んでいたのに。

キョウコの、あの日の静かな声が、まるで今聞いているかのようにともみの脳裏にまた、浮かんできた。


「友坂くんがデビューして今年で3年になるのかしら。脚本家として、本当に大事な時期よ。ようやく作品が世の中に認められはじめて今が勝負の時なのに。

友坂くんは子ども時代、ご両親の愛に飢えて…孤独を癒やしてくれていたのが映画だったらしいの。だからこそ彼の夢はね。子どもたちが楽しめて幸せになれる作品を書くことだって教えてくれた」

その夢はともみも知っていた。いつかこんな物語を書きたいと大輝が目標に掲げている作品は、どんな困難に陥っても夢を諦めずに旅を続ける主人公と、時には自分を犠牲にしても主人公を助ける仲間たちの絆が描かれた大ヒットアニメで、最近ハリウッドで実写映画化された友情と冒険の物語だ。

「不倫の噂がある脚本家に、子どもが観る作品のオファーが来ると思う?」

キョウコの笑みが自虐的に歪み、ともみは反論できなかった。

一時期仕事を干されたとしても、本当に脚本家としての力があれば戻ってくることはできるだろう。けれどそれは、“仕事を選ばなければ”だ。

大きな作品には大企業のスポンサーがつくことも多いし、視聴者もSNSで簡単に抗議ができる今の時代、一度でも不倫という烙印を押されてしまえばきっと、“子どもが幸せになる”物語を書くという大輝の夢は、きっと叶わなくなる。

「別れを選んだのは、A子さんの常軌を逸した行動から友坂くんを守るためではあったけれど、脅されたおかげで、私はある意味冷静になれた。

私たちの狭い業界で…私との関係がいつかバレたら、友坂くんは夢を失ってしまう。そんな当たり前のことはずっとわかっていたはずなのに…私はそれを封じ込めて忘れようとしてた。

彼は愛を何より大切にする人だから、きっと夢より私を選んでしまう。そして私もその甘い日々を夢見なかったと言えばウソになる。仕事なんてどうでもいい、彼といられればそれだけでいいって。

でも、A子さんの“友坂くんの人生を壊す”って言葉で、頭が一気に冷えた。私はどうなってもいい。でも友坂くんの夢を潰すのは絶対にダメ。友坂くんの夢は、幼い頃の彼自身を救うためにも…今も彼が抱え続けているトラウマを乗り越えるためにも必要な夢だから」

大輝のトラウマ。彼が何かを抱えていることはともみも感じていた。けれど、まだ、あの美しい男が自らの奥底に隠し持つものに、ともみはまだたどり着けていない。

「それに何より…彼には書く才能がある。ひいき目でなく本当にそう思うから、その才能も守らなければと思った。たとえ彼自身が望まなかったとしても——友坂くんの人生も、そして夢も奪われてはいけない。だからどうしても守るべきだと思ったの」

悲痛な響きが、なぜか凛と聞こえる。キョウコの潔さには共感するし、きっとキョウコの選択は正しい。けれど。

「友坂くんには絶対に言わないでね」と強い瞳で求められた約束に頷きながら、ともみは、今すぐ大輝を抱きしめてあげたいと思った。その報われなかった恋ごと、強く、強く。



「おじゃましま~す!」

ルビーがサーターアンダギーをたらふく食したお菓子タイムの終了から1時間後。はつらつとした勢いでTOUGH COOKIESに入ってきたのは、柏崎メグ。つまり、ミチの元カノだった。

「メグの本心を聞いてやってくれないか」

ともみにそう連絡してきたのは、西麻布の女帝こと光江だった。なぜメグが?と聞き返すことはしなかったが、「ミチには内緒だから」と言われて驚いた。

― ミチさんとメグさんは、今も仲良さそうだったけど…なんで内緒なんだろう。


ともみは、メグと出会ったのはそういえば大輝に告白された夜だったと思い出す。

守秘義務の契約書へのサインは必要ないと拒んだメグに興味津々な様子のルビーが、はしゃいで聞いた。

「ミチさんの元カノさんって聞いてたので、もっとド派手なお姉さんを想像してたんですけど、こんなに華奢で少女みたいなかわいい人なんだね。超意外で、なんかもう最高!」

「ルビー失礼でしょ。すみません、この子、思った時にはもう口から出ちゃってるっていうタイプで…」

頭を下げて謝ったともみに、メグが「私、そういう子の方が好きだから」と笑って聞き返した。

「なんでミチの彼女が、ド派手なお姉さんだと思っていたの?」



「だって、ミチさんって夜職のお姉さま方にめちゃくちゃモテるんですよぉ~」

ルビーの言う通り、実はミチは、とてもモテる。けれどいつもつれない。だから百戦錬磨のお姉さまたちが、“誰がミチを陥落させるか”を競うように、あの手この手を繰り出し、仕掛けているのだが、ともみとルビーは“ミチのキスシーン”を見たことがある。

3か月ほど前、Sneetの常連客で高級クラブのNo.1キャストの女性が歩けない程酔ってしまったので(実は酔ったふりをしていたのだと、のちにルビーの調べで分かった)、ミチが抱きかかえてタクシーの後部座席に乗せようとしたとき、女性がミチの首を引き寄せて、その唇を奪った。

けれど、ミチは見事なノーリアクションで、しがみつく腕を優しく引き剥がし、運転手に発車するように告げた。

TOUGH COOKIESの営業を終えて、Sneetに寄ろうとしていたともみとルビーは、その光景をたまたま目撃。そしてキスの瞬間にルビーがもれなく叫び声を上げたことにより、あっさりミチに見つかってしまった。

その後、ミチの唇に女性の口紅がうっすらと移っていることに気づいたともみが、気まずく思いながらも指摘すると、ミチは無表情のまま、親指で残り香ならぬ残り紅をぬぐった。その仕草が色っぽすぎる!と大興奮したルビーをミチが鉄仮面のまま、うるせぇな、と一喝したところまでが1セットの話だ。

メグには言えないな、ルビーが口を滑らせなきゃいいけど…とともみが思った瞬間、メグが「ところで」と、キョロキョロと店内を見渡してから続けた。

「光江さんは何時にいらっしゃるのかな」
「え?」
「あれ、聞いてない感じ?私、今日、呼び出されたんだよね、光江さんに」

— 光江さんが、呼び出した?

「光江さんにとって私は許せない女だろうから…思い切り怒られるのかも」
「怒られるって…なんでですか?」

ともみが聞くと、メグはバツが悪そうに「私ってミチに迷惑ばっかりかけちゃってるからさ」と目を伏せた。

「ミチの眼の下の傷…あれも私を庇ったせいなんだ」

ミチには左目の下から頬にかけて3cm程の傷がある。それがまさか、恋人を庇ってできたものだったとは。

― この先って、聞いちゃってもいいのかな。

ともみが次の言葉に迷っているうちに…来客を知らせる短い音楽が、インターフォンから鳴り響いた。


▶前回:「なんとしても…」片思いの彼を手に入れるため、女がとった卑怯な手段

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:10月28日 火曜更新予定


配信元: 東京カレンダー

提供元

プロフィール画像

東京カレンダー

20年以上東京のラグジュアリーを取材してきた雑誌『東京カレンダー』のWebサイト。 最新のグルメ情報、洗練された大人のリアルな恋愛・結婚事情からデートに役立つ情報、ファッションや美容トレンドまで。 ハイスペックなライフスタイル情報をお届けします。

あなたにおすすめ