「後悔しない移住」の条件
娘が帰った夜、智恵子さんはぽつりとつぶやきました。
「娘に『異様』なんていわれるとは思わなかった。でも、ちょっとわかる気がするの。暮らしを楽しむつもりが、いつのまにか家に使われてるみたいで……」
ファイナンシャルプランナーとして、筆者はこうしたケースを数多くみてきました。「退職金で家を買って終わり」と考えてしまうと、生活の持続性が崩れます。家は資産であると同時に支出の発生源でもあります。
特に地方では、修繕や車の維持にかかるコストが年金生活に大きくのしかかります。たとえば、仮に年金収入が月22万円の家庭で、光熱費・食費・保険料などの生活費が月18万円とすると、年間の貯蓄余力はわずか48万円。そこに車検や屋根補修などの突発支出が発生すれば、数年で貯金は底をつきます。
長寿化が進むいま、90歳までの生活を想定すると、リタイア後の30年間で約700万円の修繕・維持費が必要になるとも試算されています。後悔しない移住のためには、お金に対する考え方を改めなければなりません。
1.「家」に使うお金は退職金の半分まで
住宅購入に全資金を注ぎ込むと、老後資金が枯渇します。残りの半分は、医療・介護・生活防衛資金として確保すべきです。
2.「便利さ」をお金で買うという発想を
公共交通や医療機関が近いエリアは地価が高めでも、将来の移動コスト・リスクを考えると長期的には合理的です。
3.「地域との接点」を数値で評価する
日常的に話せる知人が何人いるか、徒歩圏内に店があるか。これは金額以上に、暮らしの安心を左右します。
「豊かさ」とは面積ではなく、動ける距離にある
「ねえ、また娘たちが来てくれるって。今度は駅に近い物件もみにいこうかしら」
夏の夕暮れ、智恵子さんは庭のラベンダーを摘みながら笑いました。聡さんも少し照れくさそうに頷きます。
「庭付きの家も悪くないけど、次は“庭をみに行ける家”でいいかもしれないな」
老後の理想は、静かな暮らしでも、孤独な暮らしではありません。豊かさとは、家の広さや風呂の材質ではなく、「自分が動ける範囲の中に、安心と人とのつながりがあること」だと、村上夫妻は気づいたようです。
地方移住は、成功すれば穏やかな時間をもたらします。しかし、そこに必要なのは夢ではなく、数字に裏づけられた現実的な計画。
「第二の人生をどこで、どんなふうに生きるか」
その答えは、老後の家計と心のバランスをみつめなおすことから始まります。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
