◆「早く降りろ」とつぶやく男性

「イヤホンで音楽を聴いていたんですが、途中で妙な声が聞こえてきました」
耳を澄ますと、小さな声で「早く降りろ」とつぶやく男性が……。
「空耳かと思いましたが、何度も繰り返していて怖くなって男性を見たんです。そしたら、目の前に座っているおばあさんをずっと睨んでいました」
おばあさんは、うつむいたまま動かなかったという。
「たぶん聞こえていたと思います。怖くて顔を上げられなかったのかもしれません」
周囲の乗客も気づいていたようだが、誰も声を上げなかった。そのとき、松下さんは“あること”に気づく。
「おばあさんのカバンには定期券が入っていたんですけど、降りる駅は“終点の一つ手前の駅”だったんです。ほぼ最終駅まで座っているのは確実で、男性は知らずにずっと文句を言い続けていました」
◆沈黙を破ったひと言…
数駅が過ぎ、車内の空気が重く沈んだとき、スーツ姿の男性の言葉が響き渡ったという。
「静かにしてもらえませんか!」
その一言がすべてを変えた。
「一瞬で空気が変わりました。男性は舌打ちしたけど、それ以降は黙っていましたね。みんなホッとしたようでした」
松下さんが降りる際、おばあさんは前を向いていたそうだ。
「顔を上げて、少しだけ表情が和らいでいたんです。声を上げた男性が“ヒーロー”に見えました。私も次に同じような場面に出くわしたら、声を出してみようと思います」
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

