小学校の女性教諭Aさんが解雇された。経緯は以下のとおり。
Aさん
「(第5子を出産後)育児休業を延長してくれませんか」
「(第5子の出産から数年後)第6子を妊娠したので軽い仕事に変えてくれませんか」
「(第6子の妊娠中)コロナ感染が怖いので休ませてもらえませんか」
学校は、これらAさんの要求をすべて認めた。しかし、その後、突如、学校はAさんに解雇を通告した。
これを受けてAさんが提訴したところ、裁判所は「解雇は違法だ。学校はAさんに約1015万円払え」との判決を出した。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
当事者
■ 会社
学校法人
小中学校が設置されている
■ Aさん
教員
小学生の中国語会話などを担当
事件の概要
Aさんは2009年4月に学校で働き始めて以降、第3子〜第5子を出産している。
■ 2011年 第3子を出産
産前産後休業
育児休業
■ 2014年 第4子を出産
産前産後休業
育児休業
■ 2016年 第5子を出産
産前産後休業
育児休業(2016年10月19日〜2017年8月22日)
■ 育児休業の延長を申し出る
Aさんは、第5子の育児休業が終わる1か月以上前に育児休業の延長を申し出た。
■ 再度の延長を申し出る
Aさんは2018年1月27日、育児休業の再度の延長を申し出た。その結果、同年8月22日まで延長された。
■ 復職
Aさんは育児休業を終えて復職した。
■ 第6子を妊娠
復職から約2年後、Aさんは第6子を妊娠する(2020年8月)。Aさんは学校側に「体調がすぐれないので1年生のクラス担任から外してほしい」とお願いした。これは、以下の条文に基づく請求である。
〈労働基準法65条3項〉
使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。
Aさんの要望は聞き入れられた。しかし、Aさんが要望を行った時期が2学期に入る直前だったこともあり、「配置に混乱が生じた」として学校側に良くない印象を与えたようだ。
■ コロナ感染のおそれ
この時期は新型コロナがまん延しており(2020年10月)、感染をおそれたAさんは休業を申し出た。下記の法令に基づく、母子健康管理措置による休業の申し出である。
〈雇用機会均等法12条〉
事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、その雇用する女性労働者が母子保健法(昭和40年法律第141号)の規定による保健指導または健康診査を受けるために必要な時間を確保することができるようにしなければならない。
〈同法13条1項〉
事業主は、その雇用する女性労働者が前条の保健指導または健康診査に基づく指導事項を守ることができるようにするため、勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければならない。
ところが、学校側は「相談もなく突如、申し出があった」として、この要望にも不満を抱いた。
■ 解雇通知
学校側の不満が爆発したのであろう。およそ1か月後、Aさんは解雇を言い渡される。解雇通知書には以下の理由が記載されていた。
- 自己都合による幾多の行為により業務全体の遂行に甚だしく支障があること
- 業務に対する責任感、勤務態度および職務遂行能力が著しく劣り、また向上の見込みがないこと
Aさんは解雇無効を求めて提訴した。
裁判所の判断
Aさんの勝訴である。裁判所は学校に対して「解雇は違法」「給料約1015万円払え(約2年分)」「慰謝料30万円も払え」と命じた。
以下、詳細について順番に解説する。
■ 育児休業の延長の申し出
学校側の言い分は「育児休業が終了する直前になって延長の申し出があったので、人事配置などに混乱が生じた。これは解雇事由である〈職務遂行能力または能率が著しく劣り、また向上の見込みがない〉に該当する」というものだ。
しかし裁判所は、「解雇事由にあたらない。Aさんが行った育児休業延長の申し出は適法である。育児休業の申し出を理由として労働者を不利益に取り扱うことは育児介護休業法10条に違反し許されない」と判断した。
〈育児介護休業法 10条(不利益取り扱いの禁止)〉
事業主は、労働者が育児休業申出等(育児休業申出及び出生時育児休業申出をいう。以下同じ。)をし、もしくは育児休業をしたことまたは第9条の5第2項の規定による申出もしくは同条第4項の同意をしなかったことその他の同条第2項から第5項までの規定に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
■ 「担任を外してほしい」との要望について
学校側は「これを要望してきたのは2学期に入る直前であり、人事配置に混乱が生じた。なので解雇事由とした」と主張。
しかし裁判所は「軽易な業務に変えてほしい、とAさんが請求したことを理由として不利益に取り扱うことは、雇用機会均等法9条3項で禁止されている。解雇事由にできない」と断じた。
■ コロナ感染のおそれ
学校側は「Aさんは事前に相談することなく母子健康管理措置として休業の申し出をしてきた。この申し出によって人事配置に混乱が生じた」と主張。
しかし裁判所は、「相談は不要である。申し出時期もいつでもいい。突如でもいい。これを解雇事由とすることは雇用機会均等法9条3項に違反する」と判断した。
これらの理由により、Aさんの解雇は無効となった。
■ Aさんが得た金額
裁判所が学校に対して、Aさんに支払うよう命じた金額は約1015万円。その内訳は次のようになっている。
- 給料(2020年12月〜2023年1月):792万円(月額33万円×約2年)
- 冬のボーナス(3回):159万円(53万円×3回)
- 夏のボーナス(2回):64万円(32万円×2回)
これは「バックペイ」と呼ばれるもので、裁判で解雇が無効と判断されれば、過去にさかのぼって給料がもらえる。具体的には【解雇された日から → 訴訟になって → 判決が確定する日までの給料】が支払われる(民法536条2項)。今回のケースでは裁判が約2年続いたので2年分の給料となった。
■ 慰謝料30万円
さらに裁判所は慰謝料30万円も認めた。慰謝料まで認めるのは珍しい。裁判所は、「Aさんが適法に権利を行使して学校側と一般的な協議をしたにもかかわらず、突如として解雇を通知しているし、今回の解雇は雇用機会均等法に違反する妊娠中の解雇であることからすれば違法性は大きい。約1015万円のバックペイでAさんの精神的苦痛が回復したとはいえない」と判断した。
最後に
Aさんは、法に基づいて正当に権利を行使したのだが、「妊娠・出産・育児」という人生の自然な流れの中で働く女性は、違法・不当な扱いを受けやすい。理不尽だと感じれば弁護士などの専門家に相談することをおすすめする。

