半導体検査装置大手の株式会社アドバンテストに勤務している40代の男性Aさんが、月平均120時間相当の持ち帰り残業を強いられたとして未払い残業代などを求めた訴訟で、和解が成立した。10日午後、Aさんが都内で記者会見を行った。
和解は10月10日付で、会社側は解決金として400万円を支払うことに合意し、Aさんが拒否し続けた口外禁止条項も和解には盛り込まれなかった。Aさんは和解内容をさして「実質勝訴に等しい」と述べた。
「絶対命令」の残業9時間制限
Aさんは2000年代にアドバンテストに入社し、システムエンジニアとして製品開発に従事してきた。2016年10月から、内閣府主導の国家プロジェクト「ImPACT」に参画し、次世代の光超音波顕微鏡の開発チームでサブリーダーを務めた。
問題となったのは、会社が経費削減を理由に設けた「月の残業時間を9時間以内に制限する」という方針だ。会見で提示された2014年10月付の社内メールには「残業時間は1人1月あたり9時間以内。経費削減が目的ですので絶対命令です。これを超えると個人も所属長も懲戒されます」と明記されていた。
Aさんは会見で「上司自身『9時間オーバーするとリーダー会議(執行役員を含む管理職だけで行われる会議)で、ボロクソに言われる』とメールに記載していた」と証言した。
毎日平均1.37件の深夜メール
しかし、業務量は減らされず、厳格なスケジュール管理は続いた。国家プロジェクトという性質上、遅延は予算打ち切りにつながるため、チーム内では「5月に次のセンサーができないときついな」「これからが修羅の道です」「危機的状況ですが、ここが踏ん張りどころです」といった危機感を煽るメールが繰り返し送られていた。
その結果、チームメンバーはノートパソコンを自宅に持ち帰り、深夜や休日も業務を続けることを余儀なくされた。
人事部が作成した資料によれば、Aさんの同僚3人が2017年4月から12月までの9か月間に、退勤後の時間帯に送信したメール件数は370件に上った。土日を含めた毎日平均で1.37件という計算になる。
Aさんは「私自身も深夜1時、2時より前に寝た記憶がありません。パソコンを上司の目の前で鞄にしまい、自宅に持ち帰って仕事をしていました」と振り返った。
月150時間超の残業で精神疾患
Aさんの実際の残業時間は月150時間を超えていたとされ、2017年10月には月214時間を記録した。その結果、睡眠障害、耳鳴り、不整脈を発症し、死を意識するほど体調を崩し、2018年1月から10か月間休職を余儀なくされた。
その後、Aさんは2019年11月、未払い残業代411万円の支払いを求めて会社を提訴。裁判では、持ち帰り残業が会社の指揮命令下にあったか、黙示の指示があったと言えるかが争点となった。
Aさん側は、国家プロジェクトの厳格なスケジュール管理、開発業務の困難性、人員不足、残業時間の厳しい制限などの事実を主張立証した。上司が深夜や休日に部下に送信した業務メールおよび自身が送信した業務メールなども証拠として提出した。
会社側が口外禁止条項要求も…拒否し400万円で和解
当初、会社側は月30時間相当の100万円を提示したが、Aさんは拒否。裁判所が170万円を提示したが、これも拒否した。最終的にAさんが「400万円の解決金と口外禁止条項なし」という条件を提示したところ、会社側は口外禁止を強く求めたものの、Aさんが拒み続けた結果、上記条件での和解が成立した。
解決金400万円は、未払い残業代411万円の約97%に相当する。Aさんの残業単価約3500円で計算すると、月120時間の残業に相当する金額だ。
Aさんは会見で「持ち帰り残業の証明は非常に困難ですが、少なからず一部は認定される可能性が高かったと思います。一方、会社は『健康経営優良法人(ホワイト500)』に5年連続で認定されており、労働基準法に違反したとの判決をなんとしても避けるため、こちらの条件を飲んで和解に応じたのではないかと思います」と分析した。
「失った健康は戻らない」
一方で、Aさんは「サービス残業で失ったものは大きい」とも語った。現在も睡眠障害と耳鳴りで通院が続いており、当時の記録を見返すこと自体が「耐えがたく、つらい」という。
「労働者にとっては、被害を受けた当時よりも、声を上げてからの事後処理の方が精神的に過酷で、会社からは『あなた一人が勝手に持ち帰って行った業務で、会社に責任はない』と言われ続けました」(Aさん)
アドバンテストは和解後も持ち帰り残業の存在を認めず、謝罪もしておらず、Aさんは現在、労災認定を求める行政訴訟も起こしており、引き続き会社の責任を追及していく構えだ。
なお、弁護士JPニュース編集部では、アドバンテストに対してコメントを求めたが、現在まで回答は得られていない(11月11日11時50分時点)。

