◆解放後にもたらされた絶望

「シャワーは6週間に一度だけでした。石鹸も、歯磨き粉もありませんでした」
人質が飢える目の前で、ハマス看守はこれみよがしにフルコースの食事を平らげたという。ハマスの拷問は解放の瞬間まで続いた。エリ・シャラビはハマス設営の舞台に上がらされ、次のように発言する。
「このたびは、親愛にて偉大なるハマス様のご配慮で帰国できました。やっと妻と娘2人と再会できるので楽しみにしております」
言うまでもなく茶番だ。セリフの一言一句まで、ハマスが用意したものである。イスラエル側に戻ると、担当者が待っていた。
「エリ、お帰りなさい。お母様と姉のオスナットが待っておられます」
彼はすぐ異変を悟った。
「待ってくれ。私は妻と娘2人と会いたいんだ」
車内に沈黙が続いた。
「その点は、お母様と妹さんがお話になります」
母親の説明は必要なかった。妻・リアンと娘2人・ノイヤとヤヘルは10月7日に惨殺されていた。それぞれ享年48歳、16歳、13歳だった。
2025年10月7日、エリ・シャラビ著『Hostage』英語版が全世界で発売、同時に大ベストセラーとなっている。そして停戦協定に基づき、兄・ヨッシの遺体が返還され、かつて同じ鎖につながれていた若き盟友アロン・オヘルが解放され、一つの区切りを迎えた。

