トランスジェンダーの性別変更を巡って、手術を必須とする現行の性同一性障害特例法の規定について、札幌家庭裁判所は9月、これを憲法第13条で保証している「幸福追求権」の侵害にあたると判断。手術なしでの性別変更を認める画期的な決定を下した。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「札幌家裁、性別変更手術要件違憲判決」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。

◆家裁判事は「王様」になれる? 相手方不在の裁判が映す正義
トランスジェンダーの方が性別変更するには、「手術」が必須条件であると性同一性障害特例法には定められている。9月に出された札幌家庭裁判所の判断は、これを幸福追求権の侵害とし、憲法違反であると断じた。前回、本欄で取り上げたこの判決を、今回は裁判官の視点から見てみたい。
まず注目したいのは、LGBT界を揺るがすこの重大な決定が、どうして高裁や最高裁に進むことなく家裁の審理のみで確定してしまったのかという点だ。実はこれ、不服申し立てをする者が誰もいない裁判だったからに他ならない。
そもそも今回の裁判には、性別変更を申し立てた「申立人」と「裁判官」の2者しか関与していなかった。つまり、「相手方」が不在の裁判であるため、申し立てが認められればそこで裁判は終了するというわけだ。
こういった形式の裁判では担当裁判官は「王様」になれる。憲法違反という重大な判断も自由にできるし、申し立てを認める決定をすれば自動的にそのまま裁判は確定する。それが重大な判決であれば、マスコミでも大々的に報道され、他の裁判官にも影響を与えることになるのだ。
実は、この手の裁判は家裁には数多くあり、それは家事事件手続法の別表第一にまとめられているため「別表第一事件」などと呼ばれている(これについては近時、司法書士もその代理人になれるよう議論も進んでいる)。
有名なのは氏や名の変更を求める裁判で、俺も駆け出しの頃、トランスジェンダー当事者が自分の本来の性に見合った名に変更することを求める裁判が回ってきたら申し立てをバンバン認めていた。まだLGBT差別が公然と行われており、擁護の声も上がらなかった時代だったが、自分のような若造でも「王様」のように振る舞えたので、そういう正義感に溢れた判断ができたのだろう。ちなみに、裁判官として社会の少数者に寄り添ってきた俺の30年間の記録は、その後行われる弾劾裁判のときに証拠として提出されている。
裁判官は誰しも最高裁判事や高裁判事になれるわけではない。だが、家裁の判事であってもこの別表第一事件の中では、自分なりの正義を実現できるというわけだ。
もっとも、国民からすると憲法に違反するかどうかを問う重大な判断が第一審で出され、そのまま確定してしまうことには疑問も残るだろう。そんな大事なことを、家裁の、しかもたった一人の裁判官に丸投げしていいのか、と。
それは、日本に憲法裁判所がないことも大きく関係しているだろう。世界に目を向けると、通常の裁判所とは別に法律を憲法に照らし合わせてチェックする憲法裁判所を設置している国も多く、台湾では同性婚を認める大きな判断を下した。
他方、日本には憲法裁判所がない。そして、そのせいで裁判所が憲法違反の判断をすることが諸外国に比べて極端に少ないのだ。自民党と日本維新の会の連立による高市政権の誕生で、今後、憲法改正の議論が進むことも予想されるが、その際、この憲法裁判所の設置も、議論すべき大きなテーマの一つにしてほしい。
<文/岡口基一>
―[その判決に異議あり!]―
【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー

