資産があっても「使えない」高齢者が増加―データが示す深刻な現実
林さんのような状況は、決して珍しいことではありません。データを見ると、現代の高齢者が抱える「豊富な資産を持ちながら使えない」という問題の深刻さが浮き彫りになります。
内閣府が公表した「令和6年度経済財政白書(※1)」によると、日本の高齢者は、80歳を過ぎても平均で1〜2割程度しか資産を減らしていません。貯めてきた資産は使わずに、温存されていることがわかります。
また、株式会社鎌倉新書の「相続手続きに関する実態調査(2025年)(※2)」によると、相続財産の平均は全国で2,660万円、1都3県では3,505万円という結果が出ています。これは、高齢者が亡くなった時点で、まとまった資産が残されているケースが非常に多いことを示しています。
なぜ、高齢者はお金を使わないのでしょうか。その背景には、「いつまで生きるかわからない」「子どもに迷惑をかけたくない」「老人ホームに入ることになったらどうしよう」といった漠然とした将来への不安があります。また、お金を持っていると知られることへの警戒心や、若い頃から身についた倹約の習慣も、お金を使わない理由として挙げられます。
しかし、そのようにして残されたお金は、誰の役に立つのでしょうか。生きているうちにお金を有効活用する方法は数多くあります。趣味や旅行、孫の教育費援助、家族との交流など、お金を使うことで得られる「充実した人生」や「家族との時間」には、お金では買えない価値もあるのです。
林さんのケースでも、1億5,000万円という資産があれば、十分に自分自身の豊かな生活と家族への支援とを両立できるはずです。大切なのは、「減らす恐怖」よりも「使う勇気」を持つことかもしれません。
「使う勇気」が、家族の絆と人生の充実を取り戻す
林さんの「もう手遅れでしょうか?」という問いかけに対し、FPは静かに首を横に振りました。そして、林さんと妻が長年かけてお金を大切にする価値観を共有し、実践してきたことは素晴らしいことだと話します。
「奥様は、お孫さんへの教育費援助を否定していたのではなく、おそらく『お金だけがすべてではない』と考えていたのではないでしょうか。だからこそ、お孫さんと会えば手料理を振る舞い、一緒に遊ぶという形で、愛情を注いでいたのだと思います」
彰子さんが「お金」ではなく「行動」で家族に愛情を示していたことを強調しました。そして、今度は林さんが、行動で気持ちを伝える番だと続けました。
「人生には、死んでからではできない、生きたお金の使い道があります。お孫さんたちへの教育資金援助は、まさにその一つです。林さんの気持ちを伝えることで、娘さんたちもきっと喜んでくれるはずです。お金は単なる道具にすぎませんが、その道具を使う『勇気』を持つことで、家族との関係を修復し、新たな思い出を作ることもできるでしょう」
その言葉で、長年抱えていた「お金は減らしてはいけない」という思い込みから解き放たれた林さんは、勇気を出して娘たちに電話をかけました。林さんが教育費の援助を申し出ると、娘たちは最初こそ驚いたものの、すぐに「お父さん、ありがとう!」と、喜んでくれたそうです。
「急に生活スタイルを変えることはできませんが、これからは家族のために、自分の人生を豊かにするために、お金を少しずつ使っていこうと思います」と、林さん。
お金という道具を「残す」だけでなく「使う」と決めた瞬間、林さんの人生は再び輝き始めたのです。
【参考】内閣府「令和6年経済財政白書」
株式会社鎌倉新書「相続手続きに関する実態調査(2025年)」
松田聡子
CFP®
