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工賃向上につなげる就労支援の場づくり

  • 「就労継続支援B型事業所」とは、一般企業で働くことが難しい障害や難病のある人に就労の機会を提供するとともに、就労に関する知識や能力を向上するための訓練を行う支援事業者。雇用契約を結ばず自分のペースで働けるB型と、事業者と雇用契約を結ぶA型の2種類がある

取材:日本財団ジャーナル編集部

就労継続支援B型事業所を利用する障害者には、成果報酬として「工賃」が支払われます。厚生労働省の調査によると、令和5年(2023年)度の全国平均工賃は月額2万3,053円(※)と、経済的に自立するにはほど遠い水準なのが現状です。

  • 令和5年(2023年)度は、令和6年(2024年)度の報酬改定にて平均工賃月額の計算方法が変更となったことにより、前年度に比べて実績が大幅に増加
就労継続支援B型事業所における平均工賃月額の推移を示す折れ線グラフ:
2012年14,190円、2013年14,437円、2014年14,838円、2015年15,033円、2016年15,295円、201715,594円、2018年16,118円、2019年16,369円、2020年15,776円、2021年16,507円、2022年17,031円、2023年23,053円
就労継続支援B型事業所における平均工賃月額の推移。出典:厚生労働省「障害者就労に係る最近の動向について」(外部リンク)

こうした現状を変えるべく、日本財団が取り組んでいるのが「日本財団はたらく障害者サポートプロジェクト」(別タブで開く)です。これまで障害者が担うことのできなかった分野で、就業を支援する活動の一環として、2021年から「国立国会図書館デジタル化プロジェクト」をスタートしました。

この取り組みは日本財団が国立国会図書館の蔵書デジタル化業務を請け負い、全国の障害者就労施設にその作業を供給するものです。2022年度は約3万冊をデジタル化し、従事する障害者の工賃・賃金の大幅上昇に加え、就業の可能性を広げることに成功しました。

本記事では、福岡県においてデジタル化作業を取りまとめる特定非営利活動法人セルプセンター福岡(外部リンク)の宮地博司(みやじ・ひろし)さんに実状を伺うとともに、実際の作業現場を訪問し、作業に従事する利用者の方たちにもインタビューを実施。また、当プロジェクトの担当者である日本財団公益事業部の村上智則(むらかみ・とものり)さんに、立ち上げの背景や障害者の自立を目指す今後のビジョンについて話を聞きました。

「できないだろう」を覆した、福岡での挑戦

「国立国会図書館デジタル化プロジェクト」では、現在全国13ヵ所の障害者就労施設で作業に取り組んでいます。参画しているB型事業所における目標は月額平均工賃7万円。今回訪問した福岡県にある拠点では、月額10万円を超える利用者も現れています。

本プロジェクトにおいて特徴的なのが、各事業所に作業を割り振り、進捗管理や納品の取りまとめなどを行う「就労支援の場」。複数の事業所が1つの作業場所に集まり、共同でデジタル化作業に取り組む体制です。セルプセンター福岡により現在、県内4ヵ所が運営されています。

国立国会図書館から日本財団に蔵書送付
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日本財団からセルプセンター福岡 共同受注窓口に蔵書送付
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セルプセンター福岡 共同受注窓口から就労支援の場(拠点施設)に作業振分
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拠点施設・大野城市に各福祉施設から作業参加
拠点施設・大牟田市に各福祉施設から作業参加
拠点施設・北九州市に各福祉施設から作業参加
拠点施設・桂川町(R7.5~)に各福祉施設から作業参加
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セルプセンター福岡 共同受注窓口から日本財団にデータ納品
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日本財団から国立国会図書館にデータ納品
「国立国会図書館デジタル化プロジェクト」における「就労支援の場」スキーム

福岡県内の拠点の立ち上げから現在までの歩みについて、セルプセンター福岡の宮地さんに伺いました。

――福岡県における国立国会図書館デジタル化プロジェクトへの参画は2022年、大野城市の「福岡県障がい者就労支援ホーム あけぼの園」から始まったそうですね。

宮地さん(以下、敬称略):はい。全国13ヵ所で取り組んでいるプロジェクトですから、1ヵ所でも失敗すると全体に影響します。そういう意味では、かなりのプレッシャーを感じながらのスタートでした。

プロジェクト開始から1カ月ほどは混乱もありましたね。デジタル化に関わる手順の全体像を完全には把握しきれておらず、我々職員の役割分担も十分ではなかったんです。その結果、ある工程には仕事が山積みなのに、ある工程には仕事がない……という状況が発生してしまって。

国立国会図書館に対して、週ごとのデータ納品計画を立てていたものの、初回納品は計画に対して30パーセント未満の達成率。周囲からも「大丈夫?」と心配されてしまうほどでした。

セルプセンター福岡で就労支援部長を務める宮地さん

――混乱期を経て、作業をどのように軌道に乗せていったのでしょうか。

宮地:まずは当初の反省を踏まえ、ホワイトボードを使って作業の工程と進捗状況を「見える化」しました。その内容をもとに毎日朝礼を実施し、例えば「今日は5,000コマ(1コマ=2ページ)やらなくてはいけない」など、作業の課題感を全員で共有して「職員も利用者も一緒に頑張ろう」という雰囲気を醸成していくことにしたんです。

それが功を奏したのか、職員の進捗把握のために作ったホワイトボードを利用者の方も頻繁に見に行くようになったんです。責任を持って仕事の進み具合を気にしていただけるようになったことは思ってもない反応でした。

各工程の進捗を可視化したホワイトボード。申し送りなどの共有にも活用されている

――あけぼの園にある共同作業場には、周辺地域の4つの事業所から利用者が集まり、デジタル化業務に当たっているそうですね。複数の事業所が集まることのメリットはどういう点にあるのでしょうか。

宮地:身体障害の方、知的障害の方、精神障害の方と、それぞれに得意な作業があります。現場からは、「多様性のある4事業所が協力するからレベルの高い仕事にも挑戦できるようになっているし、あらゆる障害特性の立場や視点で議論ができるようになった」という声が上がっています。

さらに、関わる職員が増えることでスキルも多様になります。実際、パソコンのプログラミングスキルのある職員が、画像検査の管理方法を提案してくれたこともありました。また、他施設の職員が「あの利用者さんにはこういう適性がありそうですね」と、新しい視点で人材を評価してくれることで、より一人一人の特性に合った配置ができるようになったと思います。

もちろん、複数の施設が集まると合意形成に時間がかかりますし、意見の違いも起こります。しかし、そうした課題を上回るメリットがあると感じています。

――全国13拠点で展開する中で、品質管理やノウハウ共有はどのように行っているのでしょうか。

宮地:オンラインの定例会議を毎週開いて、全国13ヵ所での進捗状況や事故防止策、ノウハウの共有を行っています。例えば本の破損が発生した場合、なぜそうなったかを全員で共有しますし、新たに参加した施設に対するベテラン施設からのアドバイスなども行われます。

失敗はあって当たり前ですから、大事なのはそれを隠さずに共有すること。同じミスを繰り返さず、失敗から学んで成長する文化が、このプロジェクトに根付いていると思います。

――このプロジェクトを通じて、障害者雇用について新たな発見や気づきはありましたか。

宮地:2023年に、前年度にデジタル化に携わった利用者の方を対象としたアンケートを実施しました。その中に「この仕事は難しいですか」という質問があり、我々職員は「難しい」という回答が多いのだろう、と予想していました。

しかし実際は「難しい」と答えた人は全体の15パーセント程度で、「普通」が43パーセント、「楽しい」が40パーセント。つまり「普通」と「楽しい」の合計が80パーセントを超えたのです。その結果を見て、利用者の皆さんが前向きに取り組んでいたことを実感しました。「難しい」というのは単なる思い込みで、「できる・できない」の線を我々職員側が勝手に引いていたのかもしれない、そう考えさせられました。

スキャニングされた画像データを確認する利用者の方々

一冊一冊を丁寧に。デジタル化の現場で育まれる自信と成長

福岡県で「国立国会図書館デジタル化プロジェクト」を展開する4ヵ所のうち、今回の取材では前出の「あけぼの園」と北九州市の「インクルとばた」の2ヵ所を取材しました。どちらも、24時間365日、温度・湿度を厳密に管理された保管庫も設置され、国立国会図書館の貴重な蔵書を適切な環境で保管し、破損を防いでいます。

保管庫に並ぶ国立国会図書館の蔵書
スキャニングする前に蔵書の事前調査を行う利用者さん

デジタル化の作業は大きく6つの工程に分かれています。

  1. 授受・保管
    • 国立国会図書館から配送された蔵書を、リストと照らし合わせ、保管庫に格納します。
  2. 事前調査
    • 破れがないか、汚れはどの程度か、付録はあるかなど、本の状態を一冊一冊確認して「カルテ」を作成。古い本の中には、すでに破損しているものもあるため、スキャニングに耐えられる状態かどうかを慎重に判断します。
  3. スキャニング
    • 最初に、本のサイズや厚みに応じて撮影サイズの設定やスキャニング台の高さ調整を行います。その後、ガラス面と本が密着するように位置を合わせてスキャニングを行い、カラーチャートで色味をチェック。フットスイッチや画面のボタンクリックなど、操作方法は柔軟に設定可能で、利用者それぞれが使いやすい方法を選択できます。手作業による工程が多く、経験を重ねるほど利用者のスキルが高まっていくのも特徴です。
  4. 画像検査
    • 画像データの不備を見落とさないよう、同じ検査項目を2回確認します。1次検査と2次検査はそれぞれ別の担当者が行い、ページ抜けや重複、ほこりやごみの付着、ピンボケなど、複数の確認ポイントを丁寧にチェックします。また、作業者の得意分野に応じて確認項目を分担するなど、多様な障害特性に配慮した仕組みを取り入れ、一人一人が力を発揮できるようにしています。
  5. データ入力
    • スキャニングした書籍の情報を入力します。
  6. 返却
    • スキャニングが終了した蔵書を国立国会図書館に返却します。
01:授受・保管
 ・リストと照合
 ・保管庫に格納
02:事前調査
 ・劣化状況等確認
03:スキャニング
04:画像検査
 ・画像データ確認
05:データ入力
 ・サムネイル画像作製
 ・目次データ作製
06:返却
「国立国会図書館デジタル化プロジェクト」の作業工程

「あけぼの園」は先行拠点として、試行錯誤を経て確立したノウハウを後発拠点への研修や支援という形で継承しています。一方、「インクルとばた」は2025年7月からプロジェクトに参画しましたが、2023年より福岡県の行政文書デジタル化事業を手掛けており、A0サイズまで対応できるスキャナといった特殊機器を活用して図面などの大型文書のデジタル化も担っています。

では、実際に現場で働く利用者の方たちは、仕事についてどのように感じているのでしょうか。「あけぼの園拠点」でスキャニング作業を担当する河野(かわの)さんと、「インクルとばた拠点」で同じくスキャニング作業を担当する井上さんにお話を伺いました。

――まずは河野さんに伺います。どういうところに仕事のやりがいを感じますか。

河野さん(以下、敬称略):スキャニング作業と、画像検査でNGとされたものの撮り直しが私の担当業務です。NGとなった画像を見ることで、「これはダメなんだ」と知識を積むことができます。読む人の立場で考えると、ごみがあるような画像ですと「何これ?」と思うでしょう。だから読みやすい画像になるよう心がけています。

1日にできるだけ多くのコマ数を撮影し、撮り直しの数を減らすことを目標にしていて、それが達成できると楽しいし、やりがいを感じます。

仕事へのやりがいを語る河野さん

――このプロジェクトに参加して、自分自身に変化はありましたか。

河野:以前の職場で嫌なことがあって働けなくなり、その後1年くらい引きこもりのような状態で、親との会話もあまりありませんでした。働くこと自体にも懸念を持っていましたが、このプロジェクトでは頑張れば頑張っただけ上達につながっていくので、少しずつ自信を取り戻すことができました。

最近は家族との会話も増え、一緒に出かけるようにもなっています。いずれ一般就労して自分の力でしっかり働き、プライベートを充実させたいという目標もできました。

――次に、井上さんに伺います。このプロジェクトに参加して良かったと感じる点はありますか。

井上さん(以下、敬称略):(複数の作業所から人が集まるため)いろんな障害のある人とコミュニケーションを取る機会が大きく増えました。みんなが目標に向かって頑張る姿を見ることで、自分もやる気が湧いてくるようになりました。

また、以前は月2万円から3万円くらいの収入でしたが、今は9万円から10万円くらいになりました。企業で働くような収入を得られることはとてもうれしいです。

プロジェクトに関わってからの自身の変化について語る井上さん

――ご自身や生活に変化はありましたか。

井上:この職場では皆さんが優しい言葉で接してくださるので、その影響を受けて自分の話し方も優しい言葉遣いに変わったな、と感じています。現在71歳になりますが、75歳まで元気に働き続けることを目標にして、健康に気をつけながらこのプロジェクトにずっと関わり続けたいと思っています。

ズレがないよう慎重にスキャニングを行う井上さん

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