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工賃向上につなげる就労支援の場づくり

プロジェクトは就労支援の通過施設で、「一般就労を目指す場」

本プロジェクトを通じて、すでに障害者10名が一般就労を実現しています。利用者の方たちの変化や成長を見守ってきたセルプセンター福岡の宮地さんは、今後の展望をどのように考えているのでしょうか。

宮地:障害のある方は、難しいことにチャレンジする機会が少ないと感じています。しかしこのプロジェクトでは、国立国会図書館という日本を代表する機関の貴重な蔵書を扱う仕事に関わることができます。しかも自分がデジタル化した本が、もしかすると世界中の人から見られるものになるかもしれない。そうした経験ができたことが自信につながったのだと思います。

この就労支援の場は、いわば通過施設のようなものです。利用者の方々がここで経験を積み、自信をつけて一般企業への就職を目指していく、そういう場所でありたいと考えています。そのために、近隣企業を招いた見学会を毎年開催し、利用者の方たちの働きぶりを実際に見ていただく取り組みも行っています。

本プロジェクトで見出した障害者就労の可能性について話す宮地さん

実証から全国へ。職域開拓が広げる障害者就労の可能性

ここまで福岡県での成功事例を見てきましたが、そもそも本プロジェクトはどのような経緯で始まり、どこに向かおうとしているのでしょうか。事業を担当する日本財団の村上智則さんに、プロジェクト立ち上げの背景と今後のビジョンについて話を聞きました。

――このプロジェクトは、どのような経緯で立ち上がったのでしょうか。

村上さん(以下、敬称略):日本財団は2016年度から、障害者の工賃向上を目指す「はたらく障害者サポートプロジェクト」に取り組んできました。全国32カ所でモデル施設を立ち上げ、どのような仕事であれば障害者の工賃を効果的に上げられるのか、試行錯誤を重ねてきたのです。

特に鳥取県と連携してつくった複数施設による共同作業場では、県平均の3倍の工賃を達成するなど、一定の成果を上げていました。

そうした取り組みを進めていた2020年、コロナ禍によって国立国会図書館が一時閉館を余儀なくされました。国内外の研究者が同館の所蔵する貴重な資料にアクセスできなくなるという事態が生じ、遠隔でも資料を閲覧できるデジタルアーカイブへの要請が高まりました。

国も蔵書の本格的なデジタル化の推進を決定し、2021年度から大規模な予算を確保しました。そこで日本財団としては、これまで障害者就労支援で培ってきたノウハウを活かして、この事業に障害者が参画できないかと考えたのです。

2021年度に、20万コマという小規模の仕事を国立国会図書館からいただき、東京都の障害者施設「東京コロニー」で実証実験を行いました。その結果、デジタル化に定評のある大手の一般企業も参入する中で、エラー率が低く、品質も高いという評価をいただきました。その結果を受け、2022年度から全国8ヵ所の障害者施設で本格的に本プロジェクトをスタートしました。

本プロジェクトの立ち上げの経緯を話す村上さん

――このプロジェクトが障害者就労に対し、どのような意義をもたらしたとお考えでしょうか。

村上:大きく2つの意義があると考えています。1つ目は職域開拓です。プロジェクトが始まった当時は、デジタル化はまだ専門業者が行う分野でした。しかし障害者にもできると証明したことによって、仕事の可能性が大幅に広がりました。これはスキャニングに限らず、他の分野においても障害者にはさらに活かせる潜在力があるというメッセージを社会に向けて発信できたのではないかと思います。

2つ目は、障害者の経済的自立に対する道筋を示せたことです。我々が積極的に工賃向上の支援をしなくてはいけないのは、雇用契約を結ばずに作業に応じた工賃を受け取る「就労継続支援B型」作業所の利用者です。というのも、B型利用者の所得水準は非常に低く、平均で月額2万3,000円程度です。

世帯分離をして地域で自立した生活を送るためには、障害者年金と合わせて年間おおむね170万円程度必要とすると、少なくとも月額7万円程度の工賃がないと難しい。そういう中において、国立国会図書館の仕事は非常に高工賃で月額10万円を超える方も出てきています。

――今後の展望について教えてください。

村上:このプロジェクトも5年目となり、2021年度に1カ所で始めてから、2025年度は参加施設が13カ所に増えました。当初はデジタル化作業と親和性の高い印刷系の生産活動に従事する施設が中心でしたが、現在はさまざまなバックグランドを持つ施設に参加いただいています。

参加する障害者の方の障害種別や障害程度も広がり3障害(知的・身体・精神)、比較的重度の方にも取り組んでいただいています。AIの活用やDX推進に伴うペーパーレス化は社会的な潮流となっていますので、ニーズに応じた今後の展開について検討を進めています。

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