◆「やめるならうちに来ないか」と…
山名さんは解散後もアルバイトとして働く中で、内勤のトップから「12年間芸人やったの本当にすごい。もし続けるなら応援するけど、やめるならうちに来ないか」と声をかけられた。「ホストクラブのイメージからか、よく『ホストに、芸人だから何か面白いことやってとか無茶ぶりされるの?』と聞かれるんですが、そんなことは全然なくて。むしろ芸人という職業を尊敬してくれるホストが多いんです。賞レースで結果を出したり、テレビに出たりすると『すごいね!』声をかけてもらうこともあります。すでに人間関係はできているし、待遇もいい。ここで長く働けるのは魅力的だと思い、『ぜひ従業員として働かせてください』と返事をしました」
2025年5月から週5日、フルタイムで働き、ドリンク出し以外にホール業務も任されるようになった。
「ホールを担当するときにまず言われるのは、ホスト全員の名前を覚えること。在籍ホストが120人ほどいて、みんな端正な顔をしているので、最初は見分けがつかなかったです。新人ホストの場合は特に分からなかったので、とりあえず『誰ですか?』って聞きまくりましたね(笑)。毎日いろんな人にたくさん話しかけたので、今ではノーメイクでマスク、帽子を深く被っていても、雰囲気で誰だか分かるようになりました」
◆見つけられなかった「芸人以外に楽しいこと」
ホストクラブの従業員という道を選んだ理由の一つには、「お金に困りたくない」という思いがあった。「芸人の生活はとにかく厳しい。バイトをしながらネタ合わせをしてライブに出て、またバイトに戻る日々……。『芸人だからお金がなくてもいい、彼女と旅行に行けなくてもいい、親に何もしてあげられなくてもいい』と、自分に言い聞かせていましたが、辞めてしまえばそんな言い訳は通用しません。同世代が子どもを持ったり家を買ったりする姿を見て、自分も普通の大人になりたいと素直に思いました」
ホストクラブで働き始めてからは、給料が芸人時代の3倍になり、借金を返済できるようになり、通信代を払えず公衆電話を使うようなこともなくなった。しかし一方で、「芸人の次に本当にやりたいこと」はまだ見つかっていなかったという。
そんな中、解散から約半年後、谷さんに飲みに誘われ、「高校の友だち(山名さん)ともう一度お笑いがやりたい」と声をかけられる。実は山名さん自身も、お笑いへの思いを完全に断ち切れていたわけではなかった。

