◆これまでのあらすじ
正輝と萌香は、結婚を目前に控えた婚約者同士。しかし正輝には、性別を超えた親友・莉乃の存在があった。
あまりにも近い莉乃と正輝の距離感に萌香はかつて激しく嫉妬し、2人で会うことを制限。しかしその一方で自身は男友達と酔いに任せてキスをしてしまうという失態を犯す。
莉乃は萌香の不貞の現場を目撃してしまったものの、正輝の幸せを考えた上で言わないことに。正輝と萌香の結婚準備は、順調に進んでいる。
▶前回:「マリッジブルー?それとも…」結婚式会場の下見で27歳女が抱いた、強烈な違和感とは
Vol.15 <正輝>
「ファ───!」
冷たく澄んだ空気の中、僕の声が遠くまで響き渡る。
千葉のゴルフ場は、1月の真冬ど真ん中でも積雪はない。
けれど、芝はティーが刺さりにくいくらいには凍っていて、やはり調子が狂う。
もう4ホール目になるというのに、僕たちの組の球は誰のも彼のもなかなか言うことを聞かず、寒空の下をあっちこっちに飛んでいってしまうのだった。
「ごめーん正輝、代わりに叫んでくれてありがと!てか、声めちゃ大きくてうけるんですけど〜」
そう言いながらおかしそうに俺の肩にしがみついてくるのは、大学時代、サッカーサークルでマネージャーをしてくれていたユミだ。
サークルメンバーでのゴルフは、社会人になってからここ8年、新年の恒例行事になっている。
みんな仕事が忙しくて日頃はなかなか集まれないけれど、この日だけは何をおいても集合して、学生の頃のような気持ちで楽しもう。新年のゴルフは、そうみんなで決めたものなのだ。
カートのハンドルを握っているのは、当時からメンバーの彼女としてサークルに顔をだしていたカナ。
どういうわけか、くじ引きの結果、今日の組は俺以外の3人は全て女性ということになってしまった。
「はい正輝とユミ、早く乗って乗って〜!萌香ちゃん待たせないの!」
運転席から叫ぶカナの後ろ、後部座席の端っこに、萌香はちょこんと座って可愛らしくこちらに向かって手を振っている。
萌香はサークルメンバーとは今日が初対面だ。さすがにシャッフルは難しいということでグループ分けでは俺と一緒にしてもらったものの…もしかしたら、そんな配慮も不要だったのかもしれない。
叫び終わったカナの背中をトントンと叩いて、萌香の方から話しかけている様子が見えた。
カナと楽しそうに談笑する萌香を見ながら、隣でユミが俺に言う。
「萌香ちゃん、めちゃ社交的でいい彼女だねー!あ、彼女じゃなくて婚約者か」
「そうなんだよ。マジでいい子だからよろしくな」
カートに向かって小走りしながら俺は、思わず目尻が下がるのを感じた。
そう、萌香は最高の婚約者だ。
とくにここ最近は、前にも増していっそう。
◆
「お疲れ様、大丈夫?気つかって疲れなかった?」
帰りの車でそう尋ねる俺に、萌香はハイテンションで答える。
「全然!みんないい人だったから楽しかったよ。カナさんは、今日後ろの組にいたタケシさんの彼女さんなんだよね?結婚はしてないの?ユミさんは?」
「あ〜。カナとタケシも長いのに、そういえば結婚しないな。なんでだろ。
ユミは独身だよ。彼氏も今はいないんじゃないかな、春に飲んだ時はいないって言ってた」
「そっかぁ、綺麗なのに。じゃあ、組は違ったけどルリさんは?」
「ルリは既婚。2年くらい前に会社の人と結婚して、子どもはいない。実は昔はケンジと付き合ってたんだけどね」
「ケンジさんって…あ、あの、おかわりにカレー頼んでた大きい人か!目ウルウルさせながら『正輝をよろしくなー』って言われたよ」
「そうなの?なんか、あいつに言われると腹立つな」
萌香が、俺の大事な友達たちと積極的に仲良くなろうとしてくれるなんて…正直に言えば、まったくもって予想していないことだった。
― 結婚したら、俺が友達と会うことくらいはゆるしてほしいな。
密かにそう思っていただけなのに、ゴルフ中にカナが言っていた通り、最近の萌香は妙に社交的だ。
このゴルフ会への参加も、萌香の方から「私も絶対に参加したい」と熱望されてのことだった。
萌香に一体、どんな心境の変化があったのかはわからない。わからないけれど…。
もしも萌香が無理しているのでなく、心から俺の友達との交流を楽しんでくれているのなら、こんなに嬉しいことはない。
萌香を幸せにすると心に誓ったけれど、本音は、それと同じくらい友達も大切にしたいと思っていたから。
俺の周囲はカナのパターンみたいに、仲間の集まりに彼女を連れてきて打ち解けるパターンが多くて、実は密かに憧れていたところもある。
結婚が決まったことで、もし萌香が本当に俺の友達ごと受け入れてくれるつもりなら…この変化は最高に嬉しいものなのだった。
プロポーズも顔合わせも順調に済ませ、結婚式の準備は着々と進んでいると思う。11月の末にはおおよその招待客を決め、式場も確保した。
ユミもカナも含め、タケシもルリもケンジも、他のカートに振り分けられていたサークルのみんなも、結婚式にはもれなくみんな出席してくれる予定だ。
今日のゴルフに来られていないメンバーは、だいたいが子持ちだ。俺も子どもが生まれたら、ゴルフとは別に集まって子ども同士で遊ばせたりするのも楽しいだろう。
これまでは顔も出していなかったけど、キャンプやBBQ、旅行なんかの既婚勢がメインの家族ぐるみの行事にも、萌香と一緒に参加できるようになるかもしれない。
そんな未来を萌香が一緒に歩いてくれるかもしれないと思うと、なんて最高のパートナーを見つけられたんだろうと、まるで夢を見ているような気分だった。
◆
夜は夜で、俺と萌香は中目黒を訪れていた。
訪れた店は、初めて萌香に莉乃を紹介した『とりまち』。
そして、同席している相手は───あの日と同じ。やっぱり、莉乃だ。
「ゴルフの後で、萌香もさすがに疲れてると思うし。やっぱり無理せずに、莉乃たちとのディナーはキャンセルしようよ。家でゆっくり過ごそう?」
そう何度も何度も持ちかけたのに、萌香は頑なに譲らなかった。
「大丈夫だって。絶対行くの!私だって莉乃さんに会いたいんだもん。あそこの焼き鳥、私も好物になっちゃったし」
そう言って、ワーゲンを実家に返して荷物を置くなり、こうして中目黒を訪れたのだった。
「カンパーイ!」
今日俺たちが座っているのは、カウンター席じゃなくてテーブル席だ。
結婚が決まって以来萌香は、すっかりヤキモチを焼く気も失せたらしく、俺が莉乃と飲みに行くことを止めなくなった。それどころか、歓迎している節すらある。
だけど、今では遠い昔のことのように思えるけれど、一度はっきりと「莉乃さんに嫉妬する」と言われた過去がある以上、少しでも萌香を悲しませるようなことはしたくない。
あの結婚祝いのランチを最後に、莉乃と2人きりで会うことは無くなった。
莉乃に会う時はかならず萌香も同席か、秀治さんも来られるタイミングで。
というわけで、今夜はテーブル席の莉乃の隣──萌香の向かいに、秀治さんも席を共にしていた。
秀治さんは、編集者というだけあって、ありとあらゆることにアンテナを広く張っている。
お酒の話。本の話。時事問題の話に、俺の仕事の話。そういったインテリな話題はもちろん、萌香の好きなリアリティショーやドラマの話にまでついていけるのは、付き合いの長い俺にとっても発見だった。
秀治さんへの尊敬はますます深まり、そんな秀治さんと対等なパートナーでいられる莉乃の幸福も、改めて嬉しく思う。
「あの番組、正輝くんも見てみなよ。シーズン2からがいいかな?これが意外と面白いからさ」
「ええ〜、秀治いつの間に見てたの?一緒に住んでるのに全然知らなかったんですけど」
「莉乃が寝た後、ひとりで寂しく見てるんだよ」
「ねえ、だから朝あんなに起きるのが遅いの?遅くまで仕事してるんだと思ってたのに、リアリティショーを見てたとは…。長く付き合ってても発見ってあるんだね」
籍こそ入れてないものの、秀治さんと莉乃の痴話ゲンカじみたやりとりは、もはや熟年夫婦の域に入っている。
そんな2人を前に萌香と大笑いしながら俺は、「俺も萌香とこんな夫婦になりたい」と密かに思った。
居心地のいい雰囲気に、ゴルフの疲れが溶け出していく。
サークルメンバーで学生のような時間を過ごすのも楽しいけれど、やっぱり、こうして本当に気がおけないメンバーで集まる時間は格別だ。
「注文してるビール、遅いな」
心地よい酔いと幸福に浸った俺は、秀治さんのハイボールでもなく、萌香のレモンサワーでもなく、ビールの苦味を求めて莉乃のジョッキからビールを少し分けてもらう。
「秀治さん。婚姻届の保証人なんですけど…莉乃に頼んでもいいですか?」
「もちろん。正輝くんと莉乃は、男女を超えた親友だもんな」
莉乃に保証人を頼む件も、彼氏である秀治さんから快くOKをもらえた。
秀治さんからの答えを受けて、萌香も俺の横で耳を赤くしながら頭を下げる。
「嬉しいです。秀治さん、莉乃さん。私たちのために、ありがとうございます」
俺と萌香。莉乃と秀治さん。この4人で過ごす時間のこの上ない心地よさは、やっぱり、萌香が莉乃と打ち解けてくれたからなのだろう。
恋人と、親友と、親友の恋人。本当に心ゆるせる大好きな人たちとの、幸せな時間。
込み上げてくる喜びが溢れそうになった俺は、愛情を込めて萌香の背中を撫でながら、莉乃から分けてもらった分のビールを飲み干す。
― これから先も、ずっとこうしていられたらいいな…。
そんなささやかなようで大それた夢も、萌香が叶えてくれようとしている。
感謝してもしきれない。
結婚式が、本当に、本当に、楽しみだ。
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正輝、萌香、莉乃、秀治。性別を超えた友情が繋いだ4人の関係に酔いしれる正輝。そして、ついに迎えた結婚式の日…

