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年寄りになった感覚はないのに…「これがおれの体なのか?」逃れられない〈老い〉という現実

年寄りになった感覚はないのに…「これがおれの体なのか?」逃れられない〈老い〉という現実

「自分はまだ年寄りじゃない」…そう思っていても老いは確実にやってくる。シニア世代の勢古浩爾氏(執筆当時77歳)が自らの経験を基に語る、現代の老人に対する考察とは? 著書『おれは老人? 平成・令和の“新じいさん”出現!』(清流出版)の一部を抜粋・再編集してご紹介しよう。

懸垂が1回もできない!

体力の衰えを残酷なまでに突きつけられた経験がある。あまりにもショッキングなことだったので、忘れられない。

あれはたぶん60代半ばのときだったと思うが、わが町の川沿いに長い土手がつづいている。そこに小さな区画があり、鉄棒や簡単な運動器具がある。ここはわりと自転車で通る道で、あるとき、どれひさしぶりに懸垂でもやってみるかと、鉄棒に飛びついたのである。すくなくとも2、3回はいくだろうという心づもりだった。

愕然とした。1回もできなかったのだ。それどころか、1センチも体がもち上がらないのだ。びくともしない。え? うそだろ、と思った。これはなんだ? と思い、腕に満身の力を込めたが、できないものはできない。

年を取ると筋肉がなくなるというが、こんなに衰えていたのか。昔から懸垂は得意ではなかったが、それでも6、7回はできた。筋肉が衰えると、こんなことになるのだ。腕立て伏せもおなじだった。これもまた1回もできなくなっていた。60歳になるまでは、腕立て20回、腹筋は50回やっていたのだ。

自分では年寄りになった感覚はなかったが、こうして体が、おまえはこんなにじいさんになってるのだよ、と思い知らせてくる。記憶のなかの自由に動いた体と、現実の不自由になった体のギャップが如実である。体は分裂する。精神は分裂しない。

体は表面も内部も劣化している。表面は見ればわかる。顔の皮膚はたるみ、シミがでる。体もおなじである。衣服を脱いでみれば、しわしわである。たるんでいる。めりはりがなくなっている。

体の動きがおかしい。これがおれの体か、と思う。まいったね。ただ、懸垂をせず、腕立てもせず、走ることもなければ、とりあえずこの無様な現実を忘れることはできる。

ペットボトルの蓋が開けられない

脳梗塞再発防止のため、医者から水を1日に最低、1.5リットル飲むようにいわれている。この6年間、ほぼ忠実に守りつづけている。そんなに厳密ではないが、500ミリリットルのペットボトル3本だ。

その蓋を開けるのがきついのである。タモリも「ブラタモリ」で、あれきついよね、開かないんだよ、と嘆いていた(NHKよ、「鶴瓶の家族に乾杯」をつづけるくらいなら、「ブラタモリ」のレギュラー放送を再開しろよ。タモリ本人が嫌がっているのならしかたがないが)

これは指先の力がなくなっているのか。しかし逆手にもち替えると開くのである。おそらく力の入り具合がちがうのだろう。

毎日自転車に乗っていると、近所のオバサンに、若いねえ、といわれる。しかしわたしのペースで漕いでると、最近、子どもやおばさんにすいすい抜かされるのである。あれ? と思う。このマイペースはそんなに遅いのか。

そういえば5段や6段ギアで走るのがきつくなったな、と思っていると、タイヤの空気が抜けていることに気付いた。どうりで、ペダルが重いわけだ。こんなことにも、勘が鈍っているのである。

ズボンを穿き替えてふらふら、歩いてふらふら

ふだん気に入らないのは、服を着替えるたびに、ふらつくことだ。出かけるときや風呂から出たとき、着替える。そんなとき、かならず片足立ちになるのだが、これがふらつくのである。後ろか、左右どっちかに傾く。だから、どこかに手をついて支えるようになった。

これが老年による体幹の弱まりによるものか、平衡感覚の衰えによるものかよくわからないが、とにかくできないことが不快である。もう自分の体が、意に反して勝手に動いてしまうのだ。なに、倒れてるんだよと思う。

検査したわけではないが、骨粗鬆症も心配である。骨が脆いのではないかと思うが、いずれにせよ体の芯がしっかりしてない。おそらく、歩くときにふらつくことと関係しているはずである。

このふらつきはあきらかに脳梗塞の後遺症だと思うのだが、因果関係はわからない。ほかの七十代のご同輩、そんなことはありませんか。それとも、わたしだけなのか。

そのほか、70歳以前にはなかったことが生じている。どうしてこんなことになるのかわからないが、顔が痒いのである。額とか頬とか眉の横のところとかが痒くなり、なんだこれは、と思いながら指で掻く。かなり頻繁に生じるが、こんなことは以前まったくなかった。

なかでも腹立たしいのは、目が痒いことだ。この痒みは、端的には、白内障の手術をしてから始まった。炎症かなにかなのだろうが、眼医者には行っていない。どうせ目薬を処方されて終わりだろうと思うと、行く気がしないのだ。まったくわけのわからない症状が出るものだ。

目尻も痒くなるが、より多く目頭が痒くなる。左目に多い。ほぼ毎日である。そのうち目玉が痒くなるんじゃないか、さすがにそれはないか、と思っていたら、目玉は痒くないが、瞼のなかが痒くなったのである。

時々、鼻の穴や耳の穴の奥が猛烈に痒くなったりもする。こんなことがあるんだ? まるで因果関係がわからない。そのままほったらかしである。老化とは関係がなさそうである。皮膚科にも行っていない。

「顔がかゆい」で検索しても、化粧品や花粉が皮膚に触れるとそれが刺激となって云々、とか乾燥がどうしたとか、つまらんことしか書いていない。掻くのはNGとあるが、掻くしかない。いちいち薬など塗っていられるか。なかには親切めかしたことが書かれており、読んでいくと、結局は治療薬の宣伝だったりするので腹が立つのである。いちいち不快である。

しかしこのまま、なんとかやりすごすしかない。

勢古 浩爾

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