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ウチ給料、低過ぎません?…「カリフォルニアでは最低賃金が日本の3倍だから」と退職希望。26歳・Z世代部下の「まさかの転職先」

ウチ給料、低過ぎません?…「カリフォルニアでは最低賃金が日本の3倍だから」と退職希望。26歳・Z世代部下の「まさかの転職先」

「この会社を世界一にする!」 ――そんな熱い想いを胸に入社した会社は、大企業の下請けとして理不尽に買い叩かれ 、優秀な社員は次々と辞めていく“斜陽企業”でした。なぜ、主人公の情熱と努力は空回りしてしまうのか。米国人マーケター・マルクスは断言します。「原因はただ一つ、この会社がマーケティングをまったくわかっていないことだ」と 。本記事では、永井孝尚氏の著書『【新】100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)より一部を抜粋・再編集し、「セールス」と「マーケティング」の決定的な違いと、会社を復活させるための第一歩を学びます。

アンフェアなビジネス

日吉慶子(ひよしけいこ)は激怒して、思わずイスから立ち上がった。

「納得できません! この見積り金額で合意したはずです。約束を守るのは、ビジネスの基本ルールです」

港未来(みなとみく)は感情のない目で日吉を見据えて静かに言った。

「大企業のお客様と渡り合ってビッグビジネスをもぎ取ってくるのは私たちです。悔しかったら、ご自分でビジネスを取ることですね」

下請け業務完了後、下請け業者に強要した「値下げ」

──15分前。

「下請け業務は、問題なく完了ということですね」

港は書類をひと通り確認して言った。

ここは六本木の東京ミッドタウンにある「トライアンフ社」のオフィス。トライアンフは社員4万人を擁し、多くの大企業からシステム構築を請け負う、国内最大手の総合ITサービス会社である。

港は同社の購買部・担当課長だ。東京大学を卒業後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得して同社に入社。ショートヘアで身長170センチを超え、今年30歳になる。「社内で三指に入る切れ者」「初の女性社長候補」とも称される才媛だ。

港に作業報告を終えた日吉は、笑顔を浮かべて答えた。

「はい。御社のプロジェクトのご担当にも、高い評価をいただいております」

髪をポニーテールにまとめた小柄な日吉は、ITサービス専業の中小企業「UDサービス社」で入社5年目の若手社員。傍らにはUDサービス入社直後の外国人同僚、マルクス・ハマーが、にこやかに座っていた。

トライアンフは林物産から、本プロジェクトのシステム構築全体をまとめて受注した。そしてトライアンフは、プロジェクトの一部をUDサービスに下請けとして外注。今日は、その下請け業務の完了報告である。この下請け業務の完了を承認するのが、購買部担当課長である港の役割だ。

ひと通り書類を確認した港は、事務的に日吉に伝えた。

「作業完了を承認します。ただし、お支払いは2割引です」

その後、日吉が「納得できません!」と立ち上がったのが冒頭の場面である。

そして港は日吉に通告した。

「……こちらにも事情があるんです。支払いは2割引。二度も言わせないように」

一方的な下請けへの値下げ強要である。ひと言も返せず、日吉は港をにらみつけたまま唇を嚙みしめた。

商談を終えて、六本木から渋谷にあるUDサービスのオフィスへの帰り道、黙っていたマルクスが「ケイコサン、ちょっといいデスカ」と口を開いた。

日吉が黙ってうなずくと、マルクスはマシンガンのように話し始めた。

「金額を合意して作業も終わっているのに、値下げ強要なんて、アンフェアデス」

日吉は吐き捨てるように言った。

「あり得ないわよ! アイツなんなの。港のヤツ、絶対に許せないわ!」

かつて夢見た会社は、長期低迷を続ける斜陽企業に

日吉の実家は東京の下町にある小さな商店で、幼い頃から両親の商売を間近に見て、自分も近所の御用聞きをして商売を手伝いながら育った。そんな頃に日吉が知った会社が、UDサービスだった。当時、UDサービスは中小企業の経営変革をITで実現し、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長し続けていた。

日吉の両親が経営する商店にも、UDサービスの社員が訪れていた。背が高く、颯爽と仕事をこなすUDサービスの社員は実にカッコよかった。両親から経営の悩みを聞き、店の現場の様子も細かく観察して、IT活用で店の経営を魔法のように変えた。

日吉は幼心に「私も将来、この会社で働いて、お客さんを元気にしたい!」と思うようになった。その思いは大学生になっても変わることはなく、就活はUDサービス一本だった。

そして5年前、日吉はUDサービス本社オフィスの前に立ち、もうすぐ始まるUDサービスの入社式を前に、最高の気分だった。

「この会社を世界一の会社にして、日本を元気にする!」

しかし入社後、社内から見たUDサービスは、子どもの頃に輝いて見えたUDサービスとは一変していた。颯爽と仕事をこなす社員などほとんどおらず、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた売上は、長期低迷を続けていた。

そんな中でも日吉は「この会社を世界一の会社にして、日本を元気にする!」という気持ちを失わず、現場の第一線セールスとして成果をあげ続けた。

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