20代の会社員女性・Aさんは今年の夏に転職したばかり。前職ではフルリモートで働けていたが、新しい会社では週に3〜4日の出社を求められている。
ある出社日の朝、洗面台に立ちメイクをしながら、ふと「給料を上げるために転職したのに、出社するたび化粧品を消費していると意味がない」「メイクにかかるお金や時間を会社に請求できないか」との考えがよぎったそうだ。
またAさんは当初ノースリーブで出社しており、オフィスでは薄手のカーディガンを羽織っていたが、上司から「うちの会社ではそのような服装をしている人は他にいない」と注意されてしまったこともある。
幸いオフィス用のブラウスを持っていたので翌日からそれを着て出社していたが「もし持っていなかったら自腹で買わなければいけなかったのか」と疑問を抱いたという。
アパレルショップでは自社ブランドの洋服の着用を社員やアルバイトに求め、その購入費は自腹で負担させることが多い。この慣行には以前から批判の声が上がっているが、ブランド服に限らず、「プライベートで着る予定のないスーツやオフィスカジュアルを自分で買わなければならないことに納得がいかない」という不満は、男女を問わず根強い。
はたして、出勤するために必要な化粧や服装にかかる費用を、会社に請求することはできるのだろうか。
残念ながら、服装代も化粧代も…
労働問題に詳しい遠藤知穂弁護士は、Aさんが懸念したように上司に言われてオフィス用の服装を新しく購入する必要が生じた場合にも「会社が服装に関する費用を支給するという内容の契約や就業規則などを設けていない限り、会社に対して費用を請求できる可能性はないと思われます」と回答する。
「オフィスで着用する衣服として一般的なトップスやボトムスの購入が必要になったという程度であれば、一般的に社会で働くのに必要な服装であり、それは通常、社会人として自身で負担すべき費用といえます」(遠藤弁護士)
また、Aさんにとっては残念だが、通常の化粧にかかる費用を会社に請求することもできないという。
なお、Aさんの会社では「ノースリーブを着てくるな」「女性社員は化粧しろ」などのルールが就業規則に明記されているわけではない。しかし、以前に上司から服装について注意された経験があるため「化粧についても適当に済ませたら何か言われるのではないか」という不安を抱いているそうだ。
Aさんは「規則に明記されていないのに注意してくることはハラスメントに当たるのではないか」とも感じたという。
しかし服装・化粧に関して就業規則に記載がなくても、一般的な社会人に求められる「マナー」は存在する。そして、そのようなマナーから逸脱する格好をしている部下に対し上司が指導を行うことは、「会社の職場環境の維持」や「外部から見た会社の評価」などの観点から必要な措置といえる。
そのため、就業規則に明記されていなくとも、Aさんの上司の指導はハラスメントに該当しない。なお実際にはAさんに注意した上司は女性であったが、仮に男性であったとしても、上司の性別によってハラスメントの該当性が変わるわけではない。
「ただし、注意された側の感じ方として、異性の上司から注意された方が抵抗感を抱きやすいとはいえるでしょうから、ハラスメントだと部下から通報されるリスクは高くなるかと思います」(遠藤弁護士)
女性だけ服装が細かく規定されているのは「性差別」?
会社によっては、女性社員のみ服装や化粧について細かく義務付けする一方、男性については「スーツ着用」程度しか規定しない場合がある。
しかし、このような規定の男女差は男女雇用機会均等法で禁止されている差別的取り扱いには該当しないので、法律上の性差別であるとはいえないという。
一方、2019年に元グラビアアイドル・女優で社会運動家の石川優実氏がTwitter(現X)で始めた「KuToo運動」以降、女性社員へのパンプスやハイヒールの義務付けを廃止する企業も増えている。
今後、社会情勢の変化により、現行法では許容されている、服装や化粧に関わる就業規則や職場・企業の習慣や慣行などが変化する可能性はあるのだろうか。
遠藤弁護士は「時代の変化だけで、現在認められている慣行が直ちに性差別やハラスメントになる、とはあまり思えないところですが…」としながらも、「法改正によって、たとえば女性にだけ服装規定を置くことは禁止されるということはないとは言えないと思います」と回答する。
「そもそも、最近では、多くの企業において服装や化粧に関するルールは緩くなってきているように思います。
もし、企業で服装や化粧に係る厳しい就業規則やルールを設け、さらに社員が実際に注意を受けるという状況が続けば、退職者が増えていく可能性がありますし、求職者からの人気が落ちて就職を希望する人も減っていく可能性があります。
そのため、法改正の有無にかかわらず、会社側に自主的な変化を求められるという状況になっていくのではないか、と感じています」(遠藤弁護士)
特に若い会社員の間には、Aさんと同じように、メイクや服装に関する規定に理不尽さを感じている人も多いだろう。彼女らの声や行動が積み重なっていくことで、これまで「当たり前」とされてきた日本企業のルールも、少しずつ変わっていくのかもしれない。

