
認知症の人が相続人あるいは被相続人になる場合、法で定められた手続きやシステムに則るケースが必然的に多くなります。認知症によって判断能力が低下した人が相続に関わると、相続のハードルは確実に上がるだけでなく、“争続”などのトラブルに発展する恐れもあるのです。本記事では、奥田周年氏の著書『新版 親が認知症と思ったら できる できない 相続』(ビジネス教育出版社)より、相続手続きに認知症の人が含まれる場合、実際に注意すべきポイントを紹介します。
認知症の相続人がいると、ぐ~んと上がる相続のハードル
相続が発生すると、まず遺言書のある・なしを確認し、あれば遺言書に従って相続財産の配分を行います。しかし、遺言書のない場合、相続人の中に認知症の人がいると、その配分は簡単ではありません。ここでは相続の大まかな流れをお見せしましょう。
人が亡くなると始まる遺産相続
相続は亡くなった人の財産を家族や関係者が引き継ぐことです。財産を持っている人を「被相続人」、財産を受け取る人を「相続人」と呼び、被相続人が亡くなった瞬間から相続が始まります。
家族や近しい人が亡くなると通夜や葬儀、初七日法要など慌ただしい日々が続きますが、並行して誰が相続人になるかの確認を進めます。相続人は民法で法定相続人として定められていますが、正式に確定するために戸籍をさかのぼって確認していく必要があります。
また故人が財産をどうしたいか書き記した遺言書が残されているか確認します。自筆の遺言であれば、家庭裁判所で検認を受けて財産分配します。また公正証書遺言があれば、これに従い配分します。
遺言書がなければ相続人全員で話し合って遺産分割協議を行い、最終的に合意した内容で遺産分割協議書を作成し、遺産分割を行います。
認知症の相続人がいると相続のハードルは確実に上がる
認知症の相続人がいると、遺産相続では、往々にしてトラブルが発生しやすくなります。分割は相続人全員が納得し、署名押印しなければなりません。話し合いで解決しない場合は家庭裁判所で調停の手続きをすることになります。
このとき相続人の中に認知症を患う人がいた場合、物事の正しい判断が難しい状態にあるため、遺産分割協議で自分の権利を行使することができないと考えられます。このようなときは、成年後見人を選任して分割協議を進めることになります。
認知症の相続人を除外したり、無視して協議を行ったりした場合には、協議は無効となり、相続手続きのやり直しが必要になります。
財産を受け継ぐ相続人には優先順位がある
被相続人の財産を受け継ぐ相続人は、「法定相続人」といって民法で定められています。ただし被相続人が遺言で、相続する人を指定している場合は、その内容が優先されます。
法定相続人には、「配偶者相続人(被相続人の配偶者)」と「血族相続人(被相続人の子や孫、父母、兄弟姉妹)」があり、配偶者は常に相続人になりますが、法律上婚姻関係にない場合は相続人にはなれません。
血族相続人は第一順位から第三順位まであり、遺産を受け継げる順位が設けられています。第一順位は被相続人の子ども・孫である直系卑属、第二順位は両親や祖父母という直系尊属、第三順位は兄弟姉妹となっています。順位が上の相続人がいる場合は、下の順位の人は相続人にはなれません。
たとえば被相続人に子どもがいる場合、相続人は「配偶者+第一順位の子」となり、子がいない場合は、「配偶者+第二順位の父母」。父母もいない場合は、「配偶者+兄弟姉妹」が相続人になります。なお、孫が相続人となるときは、子が以前死亡などの場合をいい、代襲相続といいます。
[図表1]法定相続人とその順位
相続人確定のためには戸籍をさかのぼって確認
相続人の確定には、被相続人が生まれてから亡くなるまでの戸籍をすべて取り寄せて確認する必要があります。たとえば被相続人が亡くなったときは、妻と子と暮らしていても、前の結婚のときにもうけた子がいたり、認知した子がいたりする可能性があるからです。
被相続人の本籍地の市区町村役場で死亡記載のある最後の戸籍謄本を取得します。そこからひとつ前の戸籍を読み取り、同様の手続きでまた戸籍を取り寄せます。これを繰り返し、故人の出生の記載がある戸籍まで確認し、相続人を確定します。
なお、戸籍謄本や除籍謄本は、広域交付制度を利用すると、最寄りの市区町村の戸籍係でまとめて入手することができます。
戸籍謄本等の請求者は、被相続人の配偶者、父母、祖父母などの直系尊属、子や孫などの直系卑属に限られ、市区町村の戸籍係で直接請求する必要があり、郵送や代理人では請求できません。
遺産相続手続きの流れと財産の実態を確認する
遺産相続手続きに関しても、認知症の相続人がいる場合は成年後見人が必要になります。まずは一般の遺産相続との比較のなかで一連の流れを把握し、もしもの事態が起こった際に備えましょう。また、引き継ぐ財産がどれくらいあるのかを事前に把握しておくことも大切です。
[図表2]遺産相続手続きの流れ
引き継ぐ財産がどれだけあるかを調べる
相続が開始し、相続人の確認や遺言書の有無を確認するのと並行して、被相続人にどのような財産があるのかを調べます。最終的には財産目録を作り、それをもとに財産の価値を確認して、遺産分割の基準にしたり、相続税の有無を確認したりします。
相続財産は、わかりやすい現金や家財、預貯金、不動産、有価証券などからまとめていくとよいでしょう。近年は金融機関の通帳や通知の電子化が進み、インターネットバンキングを利用している人もいるので、メールや郵便物も調べる必要があります。銀行口座は開設したときの契約書類を、株取引をしていたなら株主になっている会社から株主総会の知らせが来ていたりするので調べがつくでしょう。
調査する場所は、自宅だけでなく、会社のオフィス、机の中、トランクルームや貸金庫にも保管されているものがあるかもしれませんので、確認します。
財産や債務の調査は司法書士に依頼する手も
財産の調査や価値を調べるのは手間がかかります。本人(被相続人の配偶者など)が元気なときに一緒に作成できるのが理想ですが、すでに判断能力が低下してしまっている場合は、家族などが行うしかありません。しかし相続放棄や限定承認の決定は3か月なのであまり時間はありません。
仕事が忙しい、被相続人が事業者で、所有財産が多く複雑といった場合は、司法書士など専門家の力を借りるのがよいでしょう。調査料金は財産の件数や調査の難易度などによって決まってきますので、まずは問い合わせてみましょう。
『財産別・相続財産の調べ方』
【不動産(土地・建物)】
不動産登記事項証明書、名寄帳、固定資産税納税通知書、不動産売買契約書などで確認。
【株式・有価証券・生命保険】
金融機関からの郵便物、預金通帳の入金記録を確認。株主総会の案内状などから問い合わせる。債券や生命保険に関しては、「償還金のお知らせ」や「保険契約のお知らせ」により確認できる。
【借金・債務】
借用書などの書類や預金通帳の取引明細で確認。通帳を見て定期的に住宅ローンやクレジット会社の引き落としがあれば、借入金がある可能性も。連帯保証債務は、知人や親戚にも話を聞く。
【預貯金】
被相続人の通帳を確認。通帳がない場合はカード、クレジットカードから確認。契約書類や各種通知の送り主に連絡。被相続人のパソコンやスマホのメールをチェック。部屋にかけられたカレンダーに印刷された金融機関名からわかる場合も。
【動産】
自動車は車検証を確認。家具や美術品、カメラなどは、現物および領収書などで確認する。
【デジタル資産】
パソコンやネット銀行などのIDとパスワードを探す。
