安い代わりに完全無人…「超初心者層」に最適化された営業システム
ひと通り経緯を聞いた日吉は、マルクスに尋ねた。
「で、筋トレおじさんがいないのがSTP(※)とどう関係あるの?」
※編集注:Segmentation(セグメンテーション)、Targetting(ターゲッティング)、Positioning(ポジショニング)の頭文字をとったもので、マーケティング戦略のひとつ。市場全体を細かく分け、自分たちが勝てる市場を選び、勝てない市場を捨て、選んだ市場で、自社の位置付けを決めること。詳細は本記事内後掲[図表1]を参照のこと。「チョコザップに筋トレおじさんがいないのは、STPを考えた結果デス。まずチョコザップは、フィトネス市場を3つに分けマシタ。ライザップに数十万円も払うような『ハイエンド層』、フィットネスジムの筋トレおじさんのような『普段から筋トレ層』、ムサシサンや買い物帰りの主婦のような、普通のフィットネスジムを敬遠する『超初心者層』デス。その中から『超初心者層』を顧客ターゲットに選んで、『ハイエンド層』『普段から筋トレ層』は捨てたンデス」
小杉が納得した声をあげた。「なるほど。だからチョコザップに筋トレおじさんがいないのか!」
「イエス! ターゲットに選んだ『超初心者層』はムサシサンのように、『運動したいけど、ガチはイヤ』と思ってマス。そういう人には、筋トレおじさんがいる普通のフィットネスジムは過剰サービスで、高過ぎマス。そこでチョコザップは、月会費税別2980円で、まさに『ちょこっとだけ運動したい人』に特化してサービスを提供してマス」
日吉が首を傾げて尋ねた。「普通のフィットネスジムは月1万円くらいかかるよね。チョコザップは2980円で儲かるの?」
「チョコザップの店舗は完全無人デス。入退室はスマホ認証、店内はAI監視カメラで安全性を確保して、店舗運営の人件費はゼロデス。シャワーもないので水回り工事も不要。『ちょこっと運動したい』人たち向けなのでマシンも簡素デス。チョコザップは低コストで運営できるので、2022年7月にサービスを始めて、17カ月目の2023年11月に黒字化してマス」
「『超初心者層』のターゲットに最適化してるワケね」日吉が納得した。
「そうデス。チョコザップの戦略は『超初心者層』に『1日5分から始められる着替え不要の初心者向け24時間ジム』というポジショニングを認識させることデス」
狙ったターゲットを確実に誘導する「4P」戦略
「このSTPを完成させれば、マーケティング戦略が完成ってこと?」
「これはまだ半分デス。このSTPを実現するために『4P』を考えマス」
日吉が「うわぁ。ヨンぴぃって、ヨン様♡のこと?」と頰をぽっと赤らめた。
「ケイコサン、レトロ趣味デスネ。『冬ソナ』ではありマセン。4つのPデス。STP実現のためのマーケティング施策を『製品戦略(プロダクト)』『価格戦略(プライス)』『販売チャネル戦略(プレイス)』『プロモーション戦略(プロモーション)』に分けて考えマス。この4つを、英語の頭文字を取って『4P』とか『マーケティングミックス』と呼びマス」
「なんでマーケティング施策がこの4つなの? それに販売チャネル戦略が、なぜ『プレイス』になるの?」
「グッド・クエスチョン! まずこの4つで、マーケティングでやるべきことがもれなくカバーできマス。この4Pの概念は1950年代に提唱されたのデスガ、当時の販売チャネルは主に店舗デシタ。だから『プレイス』なんデス」
日吉は納得しかけたが、また首を傾げた。「うーん。でもやっぱり、4Pのイメージがイマイチ湧かないなぁ……」
「チョコザップの4Pは、STPに基づいてマス。ムサシサン、チョコザップの製品戦略はどうなりマスカ?」
「えーと。土足や普段着もOKにして、スキマ時間で筋トレ習慣が身に付くように、初心者用の筋トレの機械を店に置くことかな」
「イエス! プロモーション戦略はボクも調べマシタ。ネットを中心に積極的に広告を展開していマス。口コミも重視しているようデス」
「価格戦略は、すべてコミで税別2980円というわかりやすい価格設定か……」
「そうデス! チャネル戦略では、スマホで入退店を管理して、AIカメラで店内を監視して完全無人で運営できるようにして、店舗運営を標準化・低コストにして、2980円という低価格を実現してマス」
[図表1]チョコザップのSTPと4P 出典:『【新】100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)より抜粋
日吉はマルクスがまとめたチョコザップのSTPと4Pを眺めながら言った。「じゃあ、マルクスはチョコザップにいつも通っているわけね」
マルクスはにこやかに笑って答えた。「マサカ。リサーチしただけデス。だってボク、筋トレおじさんデス」
そう言ってマルクスはシャツの袖をまくり、腕をあらわにした。顔からは想像できないバキバキの上腕二頭筋が現れた。小杉が呆れて言った。
「何だよ、そのオチは」
