維新の「閣外協力」を「連立」と呼べる理由が政府見解で明らかに/倉山満

維新の「閣外協力」を「連立」と呼べる理由が政府見解で明らかに/倉山満

◆「連立」を宣言せず、閣僚を出していない事例

 さて、検討すべき事例は、大きく分けて2パターン4例ある。

 第1のパターン。「連立」を宣言せず、閣僚を出していない事例。

 羽田内閣は、6党2会派の連立政権であった。前の細川内閣の与党であった日本社会党は、正式に連立離脱を宣言した。一方、新党さきがけと新党みらいは、閣外協力を宣言。この両党は与党とは看做されなかった。今の日本維新の会の「閣外協力」を「連立」ではないとする根拠となる事例である。

 第1のパターンの2例目として、村山内閣での自由連合の例がある。自由連合とは、徳田虎雄代議士が設立した政治団体である。徳田代議士は自民党の現職代議士と激しい選挙戦を繰り広げていて、自民党への入党を拒まれていた。しかし、実質的な自民党政権である村山内閣で、沖縄開発庁政務次官に登用された。この時期、「自社さ連立政権」とは普通に使われたが、「自社さ自連立政権」と呼んだ者は、一人もいない。

 政務次官(今の政務官)を出していても「連立」と呼ばれないのに、今の維新はなおさら「連立」と呼べないとする理屈もありうる。

◆「連立」を宣言しながら、閣僚を出していない事例

 第2のパターンは、「連立」を宣言しながら、閣僚を出していない事例である。

 その一例目が、細川内閣。七党一会派の「連立」の中で、民主改革連合は政務次官を出したが、閣僚は出していない。続く羽田内閣でも閣僚を出さず、政務次官のみだった。しかし、「連立」の一角と看做された。

 二例目が、社会民主連合(社民連)である。社民連は細川内閣で大臣を出したが、続く羽田内閣では閣僚も政務次官も出さなかった。しかし、「連立」と看做された。

 今の日本維新の会と最も近いのが、羽田内閣の社民連の事例だ。大臣も政務官(政務次官)も出していないが、「連立」を自認している。

 社民連の場合は衆議院議員4人の小政党で、内閣が変わった際に、大臣も政務次官も他の政党に譲ったという事情である。

 今の維新は、衆議院34人と参議院19人の政党なので、社民連と同一視するのに違和感がなくもないが、形式論としては同じである。


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