高価格戦略より「低価格戦略」のほうが難しい?
「私、断然『低価格戦略』派ね! いつもお客にサービスで値引いているし」
日吉がドヤ顔で言うと、マルクスは顔を紅潮させた。「オーマイガッ! さっき『値引きで利益は激しく変わる』と言ったばかりデス! それに値引きは『低価格戦略』ではありマセン。『低価格戦略』は難しいんデス!」
マルクスの答えに、日吉は思わず笑った「それ逆でしょ。値札を書き換えるだけじゃない。高く売る方がずっと難しいわ」。
「赤字になったら値引きは続きマセン。どこより低価格でも利益が出るようにするのが『低価格戦略』デス。だから難しいんデス!」
マルクスが頭をかきむしって叫んだその時、日吉は手元の時計を見て声をあげた。「あ、大変! すぐに会社を出なきゃ。続きは明日ね」
口をパクパクするマルクスと呆れ顔の小杉を残し、日吉はオフィスを出た。
500円でマズイ料理より、2000円でも美味しい料理
「アケミのお店、ホントに素敵ね! それに豚しゃぶも美味しいし」
オフィスを出て1時間後。日吉は大学で同期だった妙蓮寺朱美(みょうれんじ・あけみ)と一緒に、朱美がオーナーを務める六本木の豚しゃぶ専門店にいた。朱美は赤ワインを口にしながら答えた。
「そうよね。やっぱり美味しい方がいいわよね」
そう言って朱美は、日吉にこの店をつくった経緯を語り始めた。
朱美は大学卒業後、就職した。仕事は順調だったが、突然父が亡くなった。父は麻布に店を構える居酒屋のオーナー経営者だった。店の運営は店長とバイトに任せていたので、朱美は副業として居酒屋の経営も見ることになった。しかし間もなく店は赤字を出すようになり、朱美が借金しても家賃を払えない状態になった。
追い込まれた朱美は、その時になって初めて、バイトに任せていた店のメニューを確認し、試食もした。
店のメニューは豊富だった。1品すべて500円で激安。しかし、マズい。自分でも頼みたいとは思わないほどだ。廃棄食材も多くてムダばかり。朱美は自分が店の経営に本気で向き合っていなかったことにやっと気付いた。
「こんな素人料理にお客がお金を払うわけがない。赤字は当たり前ね」
朱美は正面から店の経営に取り組む決心をして、考え直した。
「自分がお客なら、2000円でも美味しい料理の方が絶対にいい」
激安路線から高級路線に切り替えたことで、客足はV字回復
そして路線を変えたらほどなくして客足が戻りだした。売上も増え、借金も無事完済。その後、朱美は勤め先を辞めて独立。高級飲み屋を次々開店した。この豚しゃぶ専門店もその一つだ。
「回り道をしたおかげでこの店があるわ。何がいいのかわからないものね」そう言いながら朱美はワインを飲んだ。
日吉は夢中になって朱美の話を聞きながら、(マルクスが『低価格戦略より高価格戦略の方が簡単』って言ってたのは、こういうことなのね)と納得していた。
日吉は「ものすごく勉強になるわ」と言いながら、グッと赤ワインを飲み干した。「このワインもすごく美味しい。もう1本!」
そんな日吉を眺めながら、朱美が言った「それにしてもあんた、相変わらずよく食べるわね。その細い身体のどこに、赤ワイン3本と豚しゃぶ3人前が入るの?」。
