ジャーナリストの森田浩之氏は長嶋茂雄という“時代の象徴”の名を冠する以上「“該当者なし”が続いても妥協しない厳格な選考こそが賞の価値を守る唯一の道だ」と強調する。(以下、森田氏による寄稿)。
◆「長嶋茂雄賞」創設

NPBによれば、対象は「走攻守で顕著な活躍」をし、かつ「ファンを魅了する等、日本プロ野球の文化的公共財としての価値向上に貢献した野手」。榊原定征コミッショナー(最高責任者)も「単に成績だけではなく、ファンに支持され、野球の振興に貢献された方を選びたい」と話す。
この賞は、数字だけでは測れない部分まで問おうとしているのだ。その象徴として浮かぶのが、長嶋の「華」だ。
長嶋は自らその華を演出した。ヘルメットはあえて大きめのものをかぶり、空振りしたときに格好よく落ちるよう工夫した。内野ゴロのランニングスローの後に右手をひらひらさせる動きは、歌舞伎の所作を取り入れたものだ。当時、選手が「見え方」まで意識してプレーする文化はまだ一般的とは言えず、こうした姿勢は際立っていた。
1959(昭和34)年の天覧試合では、天皇・皇后が退席する3分前にサヨナラ本塁打を放った。長嶋のいるところには、なぜか熱いドラマが生まれた。
「失敗は成功のマザー」「鯖という字は魚へんにブルーですか」「家に帰って風呂に入るまで勝負はわからない」。そんな独特の語録も、長嶋が愛された理由だ。突飛なようでいて人間味にあふれた言葉が、ファンの記憶に残った。
高度成長期の日本で、長嶋は時代の象徴でもあった。忙しく働く毎日の中で、人々はテレビを通じて届く長嶋のプレーと笑顔を活力として受け止めた。巨人が国民的チームとして支持された背景には、長嶋が時代の顔になっていたことが大きい。
◆長嶋選考は妥協すべきでない
そんな人物の名を冠する以上、賞の選考は容易ではない。今季なら誰がふさわしいのか。数字だけを見れば、40本塁打、102打点でセ・リーグ打撃2冠に輝いた佐藤輝明(阪神)がまず浮かぶ。しかし「長嶋基準」の国民的支持や存在感まで含めれば、まだ一歩届かない印象がある。だからこそ、この賞は安易にハードルを下げるべきではない。「該当者なし」が続いたとしても、それはむしろ賞の価値を高めるだろう。妥協を嫌い、時代に求められることを体現し続けた長嶋の名を掲げる賞には、そんな厳しさがふさわしい。
誰よりも、長嶋茂雄がそれを求めるはずだ。

【森田浩之】
もりたひろゆき●ジャーナリスト NHK記者、ニューズウィーク日本版副編集長を経て、ロンドンの大学院でメディア学修士を取得。帰国後にフリーランスとなり、スポーツ、メディアなどを中心テーマとして執筆している。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』など

