避難生活で症状悪化に備え、必需品を詰めた「レスキューパック」
――災害時には被災地の患者の皆さんへ支援されたと聞きましたが、どのような支援を行ったのでしょうか。
倉谷:もともと阪神・淡路大震災をきっかけに立ち上げた団体で、当時はアレルギー疾患(※)を持つ子どもがいる保護者の方に、アレルギー用の粉ミルクを届ける活動を行いました。以降、被災地への支援を続けています。
被災地の患者の皆さんが困るのが、日常的に使っている必需品が手に入らないこと。特に薬がないことは深刻で、そのまま症状の悪化につながります。処方薬を送ることはできませんが、代わりに市販の保湿剤をお送りしました。
同じく被災地でなかなか手に入らないものに、敏感肌用のせっけん、肌着、タオル、アルコールフリーのお手ふきシートなどがあります。協会ではそうした製品を詰め合わせた「レスキューパック」を大きな災害時には、無償でお送りしました。
- ※ 「アレルギー疾患」とは、気管支ぜん息、アトピー性皮膚炎等アレルゲンに起因する免疫反応による人の人体に有害な局所的または全身的反応に係る疾患のこと
――被災地にいる患者さんはどのような困り事を抱えているのでしょうか。
倉谷:患部を清潔に保つためには汗や汚れを水で洗い流す必要がありますが、東日本大震災の時に「避難所では水を使いにくかった」と話す患者の方がいました。「災害時に貴重な水を使うなんてもったいない」という声があり、周囲の人たちの目が気になったといいます。
そこで、能登半島地震のときには「レスキューパック」に精製水を加えました。精製水であれば、治療のためだと分かるので、人目を気にせず使うことができます。ただ、本来は周囲の人たちが理解を示し、患者の皆さんが堂々と水を使えるようになることが一番だと思います。
――避難所での生活で症状を悪化させてしまう方もいるのではないでしょうか。
倉谷:アトピー患者さんにとって避難所はとても厳しい環境です。お風呂に入れず、薬もない。砂ぼこりやハウスダスト、支給される毛布なども症状を悪化させる要因です。東日本大震災で私たちの支援物資が届いたのは、発災から3週間後でしたが、その間に患者の方々の症状は悪化していました。
そうした経験から、協会では「災害時備蓄品リスト」を作成し、平時から患者の皆さんが自分で準備できるように啓蒙活動を行っています。あらかじめ備えておくことで、少しでも症状を抑えながら避難期間を乗り越えてもらえたらと考えています。

軽く見られがちな疾患、理解と支援を求めて
――さまざまな困難を抱えているアトピー患者の方々が、社会に求めていることはなんでしょうか。
倉谷:アトピー性皮膚炎の治療には、塗り薬や保湿剤をはじめとした日々のケア用品が不可欠です。ところが、こうした購入費がかさみ、経済的に負担を抱えている患者さんも少なくありません。慢性的な疾患だからこそ、治療を継続するための支えが必要だと感じています。
アトピー患者さんが塗り薬や保湿剤を使うことは、目が悪い方が眼鏡を必要とするのと同じです。虫歯を防ぐために毎日歯を磨くように、毎日のケアは欠かすことのできない生活の一部です。
「かゆいだけの疾患」と誤解され、軽んじられている現状もありますが、決して軽く見ていい疾患ではないのです。まずはアトピーに苦しむ人たちが身近にいることを知ってほしい。そこから病気への理解が始まるのではないでしょうか。


アトピー患者が快適な生活を送れるように、私たち一人一人ができること
アトピー患者さんが暮らしやすい社会をつくるために、私たち一人一人にできることを倉谷さんに伺いました。
[1]アトピー性皮膚炎について正しく理解する
アトピー性皮膚炎は「かゆいだけの疾患」ではなく、慢性的な睡眠不足、見た目への偏見などから精神疾患になることもある病気だと理解する。そして、時間的負担、精神的負担、保険で賄えない経済的負担があることも知っておく
[2]見た目で分かる病気だからこそ配慮が必要
見た目で分かる病気だからこそ、気軽に話題にすることは避け、相手との関係性に応じて配慮を心がける。他の病気と同じように扱うことが大切
[3]日常生活での負担、緊急時での負担について知る
アトピー患者の方々が行う毎日の保湿や塗り薬の使用は、生きる上で欠かせないケア。災害時といった緊急事態では、周囲が理解を示し、安心して過ごせるような環境を整えることが、患者の方々を支える力になる
アトピー患者の方の経済的負担について知ったことをきっかけに、日本アトピー協会に取材を申し込みました。
自分の身近にもいるアトピー患者の方々は、皮膚の病気でありながら、かゆみによる睡眠不足や偏見、経済的な負担など、心や生活のあらゆる面に影響を受けていることが分かりました。倉谷さんの言葉を聞きながら、「抱えている負担はあらゆる面に広がっていて、見えない痛みに寄り添い、想像する力が必要なのだ」と強く感じました。
誰かが人知れず我慢を強いられている状況に、少しでも目を向けられる社会であってほしいと思います。
撮影:西木義和