今年2月に弁護士らが国に対し、所得税の事業所得等の計算上、保育園等の保育料を「必要経費」(所得税法37条1項)として控除することを認めるよう求めて提起した訴訟の第3回口頭弁論が、18日、東京地裁で開かれた。
従来、課税実務上、保育料は事業と無関係な「家事費」(所得税法45条1項1号)と扱われ必要経費への算入が否定されてきた。しかし、原告は、保育料は「働く親の就労時間を確保するための対価」であると主張し争っている。
前回口頭弁論で被告国側は、保育園が「子の養護・教育のための施設」なので、保育料は子の養護・福祉の対価であり、親の就労時間の確保は副次的な効果にとどまるため、保育料の支出は所得獲得と関係がなく、必要経費にあたらないという趣旨の主張・立証を行った。
これに対し、今回の期日では、被告の上記主張に対する原告側の反論が行われた。原告は①必要経費にあたるか否かの判断枠組み、②保育所の役割・性質について、プレゼン資料を用いて主張を展開した。
必要経費性について「実際の裁判例の判断枠組み」を論証
まず、原告代理人の江夏大樹(たいき)弁護士が、必要経費にあたるか否かの判断枠組みについて論証した。
被告国側は必要経費の意義について「業務の遂行上必要な支出」かつ「業務に直接関連する支出」であると主張し、「直接関連性」を重視している。
これに対し江夏弁護士は、「販売費・一般管理費」は「売上原価」等と異なり個々の売上と直接対応しない「一般対応経費」にあたり、直接関連性は必ずしも要求されないと指摘した。
その上で、実際の裁判例(※)を分析し、裁判所は必ずしも「直接関連性」にこだわらず、以下の3段階で総合的に判断していると説明した。
①支出した費用の一般的な性質
②当該業務の具体的な内容・性質等、支出の目的
③その支出が収入の維持や増加をさせる効果の有無および程度
※ロータリークラブ会費事件(長野地裁平成30年(2018年)9月7日)、柔道整復師資格費用事件(大阪地判令和元年(2019年)10月25日)、弁護士会費用事件(東京高裁平成24年(2012年)9月19日判決)など。いずれも上級審で維持され確定している。
そして、この規範を前提として、「保育所の利用目的が『親の就労のため』であることに着目し、上記の判断枠組みに照らせば、保育料は、必要経費に他ならない」と述べた。
保育園の存在理由から「保育料の性質」を論証
次に、戸田善恭(よしたか)弁護士が、保育料の性質についての原告側の主張を述べた。
原告側は、社会実態の移り変わりと、それに即して法改正が行われてきたことを軸として主張を展開している。
戸田弁護士:「保育所はかつては『養護・教育のための施設』だった。
しかし、保育園の性質はこの30年間で大きく変わり、今や完全に『親の就労を支えるための施設』となっている」
戸田弁護士の陳述ないし原告側訴訟資料によれば、高度経済成長期を経て、女性の社会進出が進み、1986年には男女雇用機会均等法が施行された。それにより「共働き」が当たり前になり、保育所の位置づけは事実上、「働きたい女性をサポートする施設」へと変わっていった。
そして政府も、保育所を「女性の就労支援のための施設」として位置付ける方針を明確にした。
すなわち、旧制度では、保育所を児童の「養護と教育」の施設ととらえ、行政が「保育に欠ける児童」を見出して保育所の利用「措置」を執るという制度設計がなされていた。
この旧制度の下では「親が働きたい」という理由では「保育に欠ける」とは認められない場合もあった。しかも、「措置」なので保育所を利用させるかは行政の裁量に委ねられていた。
しかし、1997年児童福祉法改正で「措置」の文言が削除され、市町村の「保育実施義務」が明記された。これにより、保育所利用者である親の意思を優先し、一定の要件をみたす「申し込み」があれば、自治体が保育義務を負うというモデルヘと転換された。なお、この段階では「保育に欠ける」の要件はまだ残っていた。
その後、保育所が不足したことによるいわゆる「待機児童問題」が生じたことを契機に、児童福祉法が再び改正された。その際、「保育に欠ける」という文言が「保育を必要とする」に改められた。これにより、「親の就労のため保育を必要とする児童」については、所定の要件をみたせば自治体が保育義務を負うことが明確になった。
なお、当時の小宮山洋子厚生労働大臣は、2012年5月28日の衆議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員会厚生委員会において「今のままでは待機児童問題を解消することができず、女性の9割が働きたいと思っているのに働けていない」「その状況を抜本的に変えるには、『保育に欠ける』という要件を見直す必要があった」という趣旨の発言を行っており、保育所が「親の就労を支える施設」という位置づけを鮮明に示していた。
保育所等利用の理由は「保護者の就労」が95.6%
戸田弁護士は「その後の政策も、保育所が『親が働くための施設』であることを明確に示している」と指摘する。
戸田弁護士:「2016年、『保育園落ちた日本死ね!』という一文が社会に大きな衝撃を与え、当時の安倍晋三首相は『待機児童ゼロを必ず実現させていく決意』と宣言した。
そもそも待機児童とは、働きたい親が、保育園を利用できないため働けないという問題であり、保育園が就労支援施設だからこそ出てくる議論だ」
戸田弁護士は、コロナ禍の緊急事態宣言の時に、厚生労働省は、保育所を所管する全国の自治体に対して、医療従事者が業務に専念できるよう、医療従事者の子どもの預かりを拒まないよう求める通知を発出したことを指摘した(厚生労働省「医療従事者等の子どもに対する保育所等における新型コロナウイルスヘの対応について」 (2020年 4月 17日))。
戸田弁護士:「理由は簡単だ。子どもが家にいたら、医療従事者が働けないからだ。
国自身が、保育所が『親が働くために必要な場所』であることをはっきりと認めていることがわかる」
そして最後に、世帯の保育所等を利用する理由として「保護者の就労」が95.6%と圧倒的多数であることを指摘し(厚生労働省「平成27年(2015年)地域児童福祉事業等調査結果の概況」P5参照)、以下のように締めくくった。
戸田弁護士:「たしかに昔は、保育所は『子どもの養護や教育のための施設』と位置づけられていた。しかし、今では『親が働くための施設』だと言っても過言ではない。そのことは、この30年間の法制度史を見れば明らかだ。
保育所の性質・役割が『子の養護・教育』にあることを前提に、『保育料は就労・所得稼得とは関係ない』『必要経費には当たらない』とする被告の主張は誤っている」
次回口頭弁論は2026年2月24日(火)13時30分から東京地裁で開かれる予定である。

