子を育て、「戦友」として親の役割を果たす「2回目の結婚」
その経験から学び、やがて「この人となら家庭をもてそう」という相手にめぐり合い、2回目の結婚へ。子どもを産み育て、家を購入し、社会の役割として働き、お互い支え合い、父として母としての役割を果たします。正月の雑煮や家族の役割など、価値観や文化の違うお互いの家族との付き合いも、そつなくこなします。
ただこの時期、人生のなかで一番がんばらないといけない時期でもあるのです。夫婦が手を携えて乗り越える、まさに「戦友」という関係です。
がんばるにつれ「こうあるべきだ」「こうしなければ」といった信念や、相手に対する思い込みや考え方がぶつかり合います。家族だからこそ余計に踏み込みすぎるのもあって、無防備な一言で傷ついたり、傷つけられたり。さらに、お互いのここ一番という瞬間に、魔がさしたり、違う人を思っていたりすると、やがて行く道が逸れていきます。
いままで自己犠牲もいとわずやってきたのに、わかってくれない、わかり合えない。こうなると、子どもが大きくなるまでは我慢する、という選択をした瞬間から、静かに離婚の準備がスタートします。これが熟年離婚。
年金や財産など、分与できる法制度が整備され、具体的な相談サービスも豊富に整ってきたこともあり、子どもが成人したのを機に、定年したのを機に、というおわり方も増えました。
これがひとまず役割を果たし、ひととおりの人生を終えた、区切りとしての2回目の結婚でした。
定年を迎え、残りの人生をしがらみなくともに生きる「3回目の結婚」
そして、やっと自分のために生きることが許される定年を迎えます。
数えきれない挑戦と多くの手痛い失敗から気づきとあきらめを学びました。役割を終えたことで気兼ねをする人も減り、自分のこうしたい暮らしも定まってきました。しわしわ、よれよれ、たるみっぱなしの年輪が刻まれた自分の顔貌と体を眺めながら、人生の仕切り直しです。
そこに「そばにいてほしい」「そばにいたい」と思う人がいたら、それが3回目の結婚です。
子どもを産め、仕事と家庭を両立せよ、役割を果たせ、生活費を稼げ、そういう責任はもう完了。健康で生きがいのために働き、世の中のためになろうと考えている自分に「私もそう思う」と共感してくれたり、「一緒にやろう」と足並み揃えてくれたり、「もしかしたらそういうことじゃないのかな」と気づかせてくれたりするのがパートナー。
最期までの数十年、ともに手をつないでいこうというふたりに、余計なしがらみがない分、シンプルです。
