◆「すぐ終わっちゃう」と危惧した

IZAM:それだけではなく、危機感がありましたね。当時いた事務所は、僕たちが初めてバラエティ番組などに沢山出ていく一般層向けのバンドだったんです。だから、あれもやれこれもやれと手当たり次第という感じでした。でも僕は、これだとすぐ終わっちゃうと危惧していました。
ーーお笑いの世界でよくある「一発屋」みたいな感じですかね。
IZAM:そうですね。事務所にも「このままじゃ危ない」とは言っていたんですが、デビューしたての若造の意見だったので、なかなか聞いてもらえませんでした。
ーー大人の方々にとっては「今がチャンス!」という感じですもんね。
IZAM:実際、デビューから時間が経って、売り上げが出なくなってきたときにも、違う路線も提案してみたんですが、なかなか受け入れてもらえなく「“あのIZAM”で行け」という感じで。その時の葛藤は苦しかったですね。
ーー消費し尽くされる恐ろしさ。
IZAM:そうしたこともあって、「一旦止めないとすべてが終わっちゃう!」と思って、バンドを一度止めて、事務所もやめてソロをはじめました。
◆ジャッキー・チェンに憧れていた
ーー2000年にSHAZNAが活動休止して、ソロとして音楽を続けるかたわら、俳優としての出演も始まりますね。IZAM:僕は子どもの頃からジャッキー・チェンに憧れていたから、俳優志望でもありました。「音楽で売れれば俳優の仕事もできる」と思っていて。だけど、音楽でのキャラクターが強すぎて、役の邪魔になってしまうから、お声がかからなかったんです。だけど、映画監督の堤幸彦さんが「そのキャラクターを使ってみたい」と言ってくださり、堤さんの作品に出演させていただけるようになりました。
ーーもともとは俳優志望だったのは意外ですね。
IZAM:俳優の仕事をするようになって、「常にお芝居ができる環境を作りたい」と思って劇団も作りました。年間で7~10本公演するハイペースな劇団だったんですが、コロナで公演もできなくなったり、キャパの半分しかお客さんを入れてはいけないというルールもできて、採算的にも大変になりましたね。
コロナ後に再開しようとしたんですが、世間の皆さんはもう演劇やコンサートにお金をかけない生活に変わってしまっていたんです。復活後、4作くらいやりましたが、全て赤字。大変でしたね。

