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平成ギャルがトレンドになっている昨今。見た目だけではなく精神性にも注目が集まり、ポジティブに自分らしさを貫くマインドが支持されているという。そうした再ブームで気になるのは、かつて渋谷センター街を賑わせていたギャルたちの今だ。10代・20代を謳歌していた彼女たちは、年齢を重ねてどのような女性になっているのだろう。

◆伝説のギャルサー「アンジェリーク」は青春そのものだった

そんなきょんさんがアンジェリークに加入するきっかけとなったのは16歳の頃。渋谷109の近くにあるショップでアルバイトをしていたところサークルメンバーに声をかけられた。
「アンジェリークの人たちはよくお店に立ち寄ってくださっていたんです。その度にアンジェに入りなよ~!って勧誘されていました。でも当時から有名だったアンジェに自分が入るなんて恐れ多いし、年齢的にも大学生ばかりだったので想像もつかなかったです。
その後も2年ほどずーっと誘い続けてくれたんですよ。それでちょっと気持ちが揺らいでたときに、私と同い年の子が1人入ったって話を聞いて、じゃあ入ってみようかなと」
サークル活動は思った以上に大変だった。サークルではパーティーが盛んに行われており、その度に企画書作り、パーティー券の手売り、イベントで配るためのパンフレットの作成、タイムスケジュールの管理などを考えなければならない。時間に追われ漫画喫茶で徹夜で作業していたこともあったそう。
さらにサークルにはこんな決まりがあった。
「ルールがあるんですよ。どこの誰よりも強めギャルでいるとか、人に媚びを売らないとか、他のサークルに友達を作ってはいけないとか、日サロに週5で通うとか(笑)。今思うとなんだそりゃって感じでもあるんですけど、私はそれを忠実に守ってましたね」
山積みの業務と厳しいルール。まるでビジネスマンのようである。しかし一方で、きょんさんはイベントや仲間と過ごす日々に充実感を覚えていた。
「楽しかったですね。社会に出るための勉強にもなったし、学校みたいな場所でもあって。私にとっては青春そのものでした」
◆実家の焼肉屋が経営難に直面、家計を支える日々…

焼肉屋を手伝いながら、掛け持ちでバイトをする日々。アンジェリークに誘われたタイミングはまさにそうした時期だったのだ。
きょんさんたちは焼肉屋をどうにか存続させようと励んだ。しかし経営を回復させることは難しく、しばらくして店じまいを余儀なくされたそう。きょんさんがアンジェリークへの加入を決めたのはそのあとだった。
やるとなったらやりきろう。そう決めたきょんさんがサークルに出向くと、そこにはギャルであること、サークルの一員であることに誇りを持つ同世代の女性たちがたくさんいた。しかも周りは年上ばかり。すぐに彼女たちの熱気と刺激に魅了された。
気づいたらサークルに夢中だった。きょんさんにとって、アンジェリークは心の拠り所となっていく。
その後、真面目な姿勢が認められた彼女は副代表に就任。メンバーのサポートや育成などにも関わるようになる。“超有名ギャルサーの副代表”として渋谷のギャルたちからも一目置かれていた。
「握手を求められたり、プリクラを一緒に撮って欲しいと頼まれたりして、すごかったですね。アンジェリークのメンバーということで歌も出させてもらえて、しかもそれがカラオケにも入ってて。モデルでもなんでもないのに、遠征に行かせてもらったりとか、109のステージで歌ったこともあったんですよ。今思うと人生で一番輝いていた時期だったなと思います」
きょんさんは20歳でアンジェリークを卒業。同時にヤマンバスタイルもやめたという。もうギャルの見た目にならなくても社会でやっていける。アンジェリークで輝いた分、もうこれからはひっそり暮らそうと思い、しばらく一般企業で働いていたそうだ。

