診察は患者の言葉から始まる
医師の診察は、患者の言葉から出発します。どんなに高度な検査機器があっても、医師が最初に頼るのは「患者が何を語るか」です。「どんな痛みか」「いつからか」「どんなきっかけで起こるか」――その言葉の順序や具体性が、診断の方向を決めます。
たとえば「耳の痛み」と言っても、「触ると痛い」「鈍痛が続いている」「断続的な刺すような痛み」など、その表し方によって疑う病気が異なります。医師の思考は、その微妙な言葉の違いに導かれて展開されていきます。
したがって、話が前後したり、核心から逸れたりすると、医師の思考は中断を余儀なくされ、時間がかかり、集中力も分散し、判断の精度が落ちてしまいます。
反対に、患者が自分の身体の変化を順序立てて説明できれば、医師の頭の中では仮説が滑らかに組み立てられ、診療の流れが滞りません。その結果、判断が早まり、不要な検査を減らすことにもつながります。
近年、診察前に記入する問診票にも各医療機関で工夫が見られます。医師の聞きたいことが順序立てて記入できるものが増え、スマートフォンなどで入力すると、そのままカルテに反映できるシステムも普及してきました。
こうした工夫は、短時間で質の高い診療を実現するうえで大きな助けになります。しかし、どんなに優れたシステムでも、それをきちんと活用しなければ意味をなしません。医師が求めているのは、専門的な知識よりも、整理された情報とその的確な表現です。口頭であっても問診票を通じても、自分の症状を正確に、順序立てて伝えることが大切です。
「自分の身体からのサイン」を見逃しやすい人は…
「医療事故」と聞くと、多くの人は「医療側のミス」を思い浮かべることと思います。確かに医療事故の多くは、医療者の判断ミスや技術的な不備がきっかけで発生します。しかし、現場では患者側との情報伝達がうまくいかなかったことをきっかけに、誤った判断につながっていくケースも少なくありません。
たとえば、服薬歴を正確に伝えられなかったために処方薬が重複したり、併用してはいけない薬が処方されてしまう。また、過去に副作用が出た薬の情報を伝えなかったために、再び同じ薬が処方されてしまう。このような事例の背景には、「説明不足」だけでなく、「必要な情報の欠如」という問題があります。
医師は患者の言葉をもとに思考を組み立てています。したがって情報が抜け落ちると、判断の精度が鈍り、誤った方向に進む可能性が高まります。優れた医師は的確な質問によって患者から情報を引き出しますが、すべてを医師の技量に依存していては、常に最高の医療が享受できるとは言い切れません。
医療事故を繰り返す人には、いくつかの共通した傾向があります。ひとつは、経過やこれまでの治療を正確に伝えることができないこと。もうひとつは、自分の身体に起こった変化を正確に受け止めていないことです。
このような人は、自分の身体からのサインを見逃しやすく、異変に気づいても「そのうち治るだろう」「気合いで治せる」と受け止めてしまう傾向があります。結果として受診のタイミングを逃し、事態を複雑にしてしまうのです。
