持ち家は「コストのかかる設備」の集合体
持ち家は「資産」であると同時に、「維持や修繕にお金のかかる設備の集合体」でもあります。また、持ち家はマンションのような修繕積立の仕組みがないこともあり、先送りが常態化しやすく、結果として一気に大金が出ていく構図になりがちです。
戸建ての保全は、「計画を立てた人」が勝ちます。費目を分解し、頻度と単価を家計に落とし込むと、赤字の原因がみえてきます。
田中家の住宅関連で1年間にかかる支出をざっと見積もると、次のとおりです。
・固定資産税等……約11万円
・火災保険……約1.8万円(年換算)
・庭木と小規模補修……約3万円(想定)
・設備更新……約12万円(年換算)
合計:約27万円(月額2万2,000円)
4つ目の設備更新は、給湯設備や空調、配管、屋根外壁の維持を10年刻みで薄く割り戻したものです。たとえば、外壁と屋根の再塗装にかかる150万円を10年で割ると年15万円。給湯設備の交換が十数万円。すべてが同じ年に来るわけではありませんが、平均的には毎年の家計に月1万円から2万円台の上乗せ圧力がかかります。
田中家の場合、月22万円の年金収入のうち、生活費18万円に住宅の維持費として月2万円が乗ったら、残りは2万円。病院代や交際費で簡単に消えてしまいます。
「老後はせめて旅行くらい行けるだろうと思っていたのに、これじゃあ気持ちに余裕が出ない……」
家は歳をとります。設備の寿命は、空調設備や給湯設備なら10年前後。外壁の塗り替えなら10年~15年周期です。また、配管は普段みえないだけに、劣化が進んでも気づきにくいもの。前もって予算を組んでおかないと、こうした修繕のタイミングは突然訪れます。
田中家の問題は、住宅ローン完済をゴールにし、自宅に関する支出についてそれ以降の計画を立てていなかった点です。修繕の優先度も決めておらず、優先度を決める基準もなく、見積もりを前に迷う時間が増え、心理的な疲れが募っていきました。
ローン完済の「次」にすべきは…
お金の不安は、金額そのものよりも、先がみえないことから生じます。ローン完済の次にやるべきは、住まい用の家計をもう1つ作ること。次の3つの設計で、老後の現金と心の余白を取り戻すことができます。
1.住まい口座の創設と年次予算のみえる化
生活費とは別に、住まい専用の口座を作りましょう。入金は月2万円を起点にし、固定資産税や保険の更新月、10年以内で想定される設備更新を年次カレンダーに書き込み、みえる化します。
自宅価格や延床からのざっくりとした目安は、年額で時価の0.5%~1%程度を確保するといいでしょう。田中家なら年20万円~30万円が標準圏内です。ここをまず埋めれば、突然の見積もりにも動じにくくなります。
2.基準は「安全」→「生活の質」…修繕設備の「優先順位」をつける
たくさんある設備のなかで、なにを優先的に修繕するか、優先順位をつけましょう。最優先にすべきは、安全に直結する設備です。
屋根や外壁、配管、電気と水まわりが最上位で、次に生活の質に関わる空調や窓、断熱設備。見栄えのみの工事は最後に回しましょう。見積もりの際は「相見積(複数の業者での見積もりによる比較)」を必須にし、金額だけでなく施工内容と保証年数も注意して業者を選びましょう。家計が厳しい年には、部分補修で耐えるという選択肢も用意しておきます。
3.設備寿命と家計寿命を延ばすために、「暮らし方」を微調整する
設備寿命を延ばすために、暮らし方を微調整するとよいでしょう。具体的には、下記のような微調整を行うことで、設備寿命と家計寿命を同時に守ることができます。
・電気とガスの契約内容見直し
・給湯温度の適正化
・断熱シートや厚手カーテンの活用
・エアコンのフィルタ清掃を習慣化
・屋根や外壁の目視点検(季節ごと)
また、誠さんは相談したFPから、週2日の短時間勤務を勧められました。月収は3万円ほどしか変わりませんが、先述した「住まい口座」に毎月貯まっていきますから、これだけで安心感は大きく変わります。そして、FPは誠さんに、次のように提案しました。
「計画していた旅行は完全にやめるのではなく、住まい口座が月30万円に達したら実行する、という条件にするのはどうでしょう」
「なるほど……! 目標が決まれば、我慢が我慢じゃなくなりますね」
加えてFPは、現在の自宅の維持・管理が重くなったときの備えとして、住み替えの損益分岐点も試算しました。売却額、諸経費、残る現金、次の住まいの家賃や共益費……。数字で比較すれば、感情に流されずに判断することができます。
田中家の場合、まず5年は自宅で暮らし、住まい口座の残高を指標に保全を進める方針にしました。
ローン完済は、新たな生活設計の「出発点」
住宅ローンの完済は、家計にとってひとつの節目ですが、それで終わりではありません。新たな生活設計の出発点でもあります。
家は、持ったあともきちんと向き合うことで、少しずつ暮らしに寄り添ってくれるようになります。完済のあとは、今回解説した「3つの見直し」を行うことで、数字がみえる化され、心に余白が生まれるでしょう。
老後の安心は、こうした日々の小さな準備から育っていくのです。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
