
公正証書遺言の作成には、公証役場に出向くのが原則ですが、2025年10月から始まった公正証書のデジタル化によって、自宅からオンラインで正式な公正証書を作成できるようになりました。具体的な手順について、事例とともに見ていきましょう。司法書士の佐伯知哉氏が解説します。
公正証書遺言の作成、本人が「直接出向く」のが原則だったが…
「母が遺言を作りたいと言っています。でも足腰が悪く、もう外出が難しくて…」
筆者のもとにそんな相談を持ち掛けてきたのは、都内に住む佐藤広樹さん(仮名/59歳)です。広樹さんの母親の佐藤百合子さん(仮名/85歳)は地方の実家でひとり暮らし。高齢で足腰が不自由で病院通いも大変なほどで、公証役場までご自身が出向くのは現実的ではありません。
従来であれば、公正証書遺言を作るには公証役場に本人と証人が直接出向くのが原則です。しかし、2025年10月から始まった「電子公正証書のリモート方式」によって、自宅からオンラインで正式な公正証書を作成できるようになりました。
具体的な手順を見ていきましょう。
遺言者と証人が別々の場所で立ち会う
百合子さんのケースでは、次のような構成でリモート作成が行われました。
●百合子さん本人は地方の自宅から(長男・広樹さんがサポート)
●証人の司法書士は東京の事務所から
●公証人は役場の事務所からTeamsで接続
遺言者本人、証人、公証人がそれぞれの場所からパソコンで参加し、同じ画面を共有して進める。これが「リモート方式による公正証書作成」です。
【Step1】 まずは公証役場に「リモートで作りたい」と伝える
最初に行うのは、「リモート方式を希望する」旨を公証人に申し出ることです。これは単なる希望ではなく、正式な申請として扱われます。
公証人は、申出の内容を確認し、以下の条件を満たすかどうかを判断します。
《リモート方式の利用条件》
①本人(または代理人)からの正式な申出があること
②ほかの関係者(証人など)に異議がないこと
③公証人が「リモートでも真意を確認できる」と判断すること
④法令上リモート作成が許される書類であること
(たとえば「保証意思宣明公正証書」は対象外)
出所:日本公証人連合会ウェブサイト
公証事務「Q8. リモート方式の利用に必要な機材を教えてください。」
百合子さんの場合、「高齢で外出が困難」「公証役場が遠方」という理由から、公証人が「リモート作成が相当」と判断。準備が始まりました。
【Step2】 必要な機材を整える
リモート方式といっても、ただのビデオ通話ではありません。署名や本人確認を“法的効力を持つ形で”行うために、一定の機材が必要です。
《必要なもの》
●パソコン(スマホ・タブレットは不可) ⇒ 画面共有が必要なため
●カメラ・マイク・スピーカー(内蔵でも可) ⇒ 顔と声の確認のため
●タッチペン対応ディスプレイまたはペンタブレット ⇒ 電子署名に使用
●メールアドレス ⇒ 招待メール・署名依頼メールを受け取るため
百合子さんの場合、Teamsの使い方など長男広樹さんがサポートする形となりました。
【Step3】 当日の流れ① Web会議に参加
当日、公証人から届いたTeamsの招待メールを開き、「今すぐ会議に参加」をクリック。
カメラとマイクをオンにして待機します。全員が接続すると、公証人が音声と映像を確認し、本人確認に入ります。
「百合子さん、ご本人でいらっしゃいますね。身分証をカメラに向けてください」
百合子さんはマイナンバーカードをカメラの前にかざし、公証人がその画像を確認・保存。これで正式な本人確認が完了します。
【Step4】 当日の流れ② 遺言書の内容確認と読み上げ
次に、公証人がWordで作成した遺言書案を画面共有で表示し、内容をひとつずつ読み上げていきます。
「ご長男広樹さんに自宅不動産を、ご次男の正志さんに預貯金を。…この内容でよろしいですか?」
百合子さんは画面に映る文面を見つめながら内容を確認します。
【Step5】 当日の流れ③ 電子署名を行う
内容に同意したら、次は電子サインです。公証人が署名依頼メールを送信すると、百合子さんの受信トレイに「署名依頼」が届きます。
百合子さんはそのメールを開き、署名欄にタッチペンでサインし、「送信」をクリック。その瞬間、全員の画面に百合子さんの署名がリアルタイムで映し出されました。
続いて、証人も同様に署名を行い、最後に公証人が電子署名を行って正式な電子公正証書が完成します。
【Step6】 完成後の「電子正本」を受け取る
公証人は完成した電子公正証書をクラウド(ダイレクトクラウド)にアップロード。依頼者にはダウンロード用URLとパスワードがメールで送られます。
百合子さんは、家族と一緒にパスワードを入力してデータをダウンロード。紙の正本や謄本の代わりに、電子データとして保存されます。
