デジタル社会の最先端の街で起こっている変化について、現地で働く日本人の福原たまねぎ氏がリポートする。(以下が福原氏の一人語り)
◆「WiFi利用を禁止する店」がしずかに拡大中
シアトルはコーヒーの街として知られ、スターバックスの本社や第一号店があることでも有名です。カフェラテやカプチーノなどのエスプレッソベースのコーヒーメニューを流行らせたのも源流はこの街にあります。どのお店を訪れてもコーヒーが抜群に美味しいのがシアトルの素敵なところです。家のすぐ近くにある「Sound and Fog」というお店も本格的なコーヒーが味わえる地元でも人気のお店です。ここのコーヒーは香ばしく味わい深く、コーヒー好きも唸る絶品です。ただこのお店、「単にコーヒーがおいしいカフェ」ではなくユニークな点があります。それはお店の看板に「NO WIFI」という言葉が大きく掲げられていることです。
「NO WIFI」とはつまり「WIFIの利用を禁止していること」。WIFIが使えなければ多くの場合パソコンを持ち込んで長時間仕事をしたりすることもできません。実際に店内を覗くと、友達と談笑する人や紙の本を静かに読んでいる人などの姿が目に入ります。そこにはパソコンやスマホのスクリーンはありません。

そして、NO WIFIでもたくさんのお客さんが足を運んでいる様子を見ると「ネットのない環境」が如何に貴重な場として捉えられているかがうかがえます。この潮流はシアトルに限らず、アメリカの至る所で耳にする現象です。
たとえばワシントン・ポストによれば、ワシントンD.C.のバー「Hush Harbor」がスマホ持ち込みを実質禁止(入店時にスマホをロックポーチに預ける)という運営スタイルにしており、「スマホを見ない/会話に集中する」場を作っていることが話題に。ほかにも「ネットを断つ宿」というフォーマットも米国で出てきており、「WiFi無し」「電波が届かない場所」「端末を預ける」「画面を見ない時間を意図的につくる」という趣旨の旅行や宿泊スタイルが増えているようです。
◆アメリカのZ世代が「編み物」にハマる理由
さらに最近のシアトルのカフェでは、なにやら席で作業している若い女性の姿を見かけるようになりました。なんと手編みをしているのです。最初に見たときには何十年も昔にタイムスリップしたような気持ちになってとても不思議でした。ニューヨークタイムズでも「Sewing is Cool Again!」という記事で編み物人気の高まりが報じられていましたが、この背景には何があるのでしょうか。どうも編み物の流行には、K-POPアイドルの影響やSNSでの手芸動画人気などが要因にあるようです。ただ、それだけでなくAIによってどんどんと作業が自動化されていく時代に、自分で手を動かして物を作るという喜びが再評価されているように感じます。「スクリーン疲れ×AI自動化社会」の反動として「手を動かす」ことに注目が集まることは納得のいくものです。
こうしたデジタルデトックスの潮流はスマホ・SNS・ネット接続が日常のすみずみに入り込み、オン/オフの境界が曖昧になってきている時代性から生まれているものです。スクリーン疲れ(screen fatigue)やデジタル過剰使用によるメンタルや睡眠への影響などが問題視されており、その反動として「逆にオフライン/アナログに戻れる場」「スマホを置く・ネットを切る・手を動かす」などの選択肢を求める動きが強まっています。


