◆毎日繰り広げられる“座席バトル”

「30分くらいの乗車時間なんですが、立ちっぱなしだと疲れます。電車はいつも満員で、座れることはほとんどありませんでした」
同じ電車に乗る人たちの顔ぶれは、自然と固定されるものだ。
「降りる駅やホームの位置を考えると、乗る車両も決まってきます。いわば“毎朝のメンバー”ができるんですよね」
その中で、“いつも目つきの鋭い女性”がいたという。
「40代くらいで、バッグのチャックが開いていて、その中からバナナが見えているんです(笑)」
ある日、北川さんは一つの“法則”に気がついた。
「前の駅から乗ってくる男性が、いつも会社の制服を着ています。社名を検索したら、私が乗車する“次の駅”に会社があることがわかりました。つまり“その駅で降りる”んです」
◆30分間の“座れる時間”にかける執念
翌日、その男性が降りたタイミングを見ていると、予想は的中した。
「これで“しばらく座れる”と思いました」
しかし、別の“ライバル”が動いたのだ。
「例の“バナナの女性”が、同じタイミングで私の横に来るようになったんです。完全に“男性が降りた後の席”を狙っていました」
そこから、2人の無言の攻防戦がはじまったそうだ。
「位置取りが重要なんですが、男性が左利きだったので、右側に立てば自然と席を交代できると気づきました。でも、女性は手すりをつかんで場所をブロックしてきたんです」
出勤前の車内で、わずか数十秒の“ポジション争い”はしばらく続いたという。しかし、その争いが1週間ほど続いたある日、突然その男性が電車に乗らなくなったのだ。
「たぶん、私たちの戦いに巻き込まれたくなかったんでしょうね」
それ以来の電車内は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「誰も悪くないんですけど、あの“座席争奪戦”を思い出すと、今でも笑えます」

