◆中国の超監視社会が国境の巨大詐欺拠点を生んだ

橘:カンボジアはポル・ポト政権によって国の制度が完全に破壊された影響で、法整備が追いついていない部分も多い。賄賂も横行しているので、たいていの無理はお金で解決できます。
それに加えて、カンボジアはアジアでは唯一のドル経済圏で、金融機関は現地通貨のリエルと同様にドルを預かってくれるし、不動産や車も米ドルで購入できるなど、多額のドル札を所持していてもあやしまれません。
こうした“使い勝手”のよさが国際的な犯罪組織に利用されたわけですが、海外メディアなどから批判されたことで摘発が始まって、今では詐欺拠点は減少傾向にあるようです。先日、「犯罪者の巣窟」とされたシアヌークビルに行きましたが、廃墟のような状態でした。
それらの代替地として存在感を出しているのがミャンマーで、その最大規模の拠点が、タイ国境近くのミャワディにあるKK園(KKパーク)です。
KKパークはもともと、中国の広域経済圏構想「一帯一路」政策により造成された工業団地で、カジノやホテルも建設されました。ところがコロナ禍でゴーストタウン化し、犯罪集団に乗っとられたのです。
高級中華料理店からスーパー、病院、薬局など生活に必要なインフラはすべて揃い、闇バイトの募集につられて、中国をはじめ日本やアフリカなど、さまざまな国から数万人が出稼ぎにやってきた。まるで映画やマンガのような異常な世界です。日本で報道されているのは氷山の一角で、実態はもっと巨大な詐欺ビジネスが行われていたでしょう。
――なぜこれだけ特殊詐欺拠点が広まったのでしょうか。
橘:国際的な詐欺ビジネスを仕切っているのは中国人の犯罪グループですが、これは中国の監視社会化がうまくいきすぎた結果でしょう。中国はどこにでも監視カメラがあって、犯罪をしたらすぐに捕まってしまう。
そのうえ地方政府が住民の信用度をランク付けしていて、一度経歴に傷がつくと高速鉄道や飛行機に乗れなくなり、信用スコアが低ければお金も借りられないし家も買えない。こうして社会の周縁部に追いやられた人たちは、中国国内では未来がないので、国外に活路を見出すしかありません。
そこでうってつけなのが、華僑のコミュニティの多い東南アジアです。そこでは中国語だけで生活できるし、司法が整備されていないカンボジアやミャンマーでは、賄賂を払えば外国人への犯罪行為を見逃してもらえます。地元に迷惑かけず、大金を落としてくれるわけですから。
その結果、犯罪グループが集まり、各地に拠点が作られていったのです。日本の特殊詐欺グループは、そうした中国人犯罪組織のインフラを借りているのでしょう。
◆他の人と違うことをやるのがハック
――日本も一度落ちこぼれてしまうとやり直すことが難しい社会ですが、橘さんはこれまでも、「システムをハックすることでこの社会を生き抜くことができる」というメッセージを発しています。橘:いい大学に入って、いい会社に就職するのが人生の成功だとされていましたが、私は働くということがまったく理解できず、大学生のときに就職活動をしませんでした。
なんとか零細出版社に拾ってもらえましたが、そのときになってようやく、自分が社会のメインストリームから“ドロップアウト”したことに気づきました。とはいえ、いまさら時間を巻き戻すことはできないので、自分のようなものでもなんとかこの社会で生きていくにはどうすればいいかを考えるようになりました。
そのとき思ったのは、「普通にやっていても、大企業や官公庁に入ったエリートたちとの差は開いていくばかりだ」ということです。だとしたら、「近道」と探すしかありません。
その発想で2004年に書いたのが『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』で、マイクロ法人を活用して税金や社会保険料を減らす方法を紹介しました。これもいわば制度のハックです。
私はもともと編集者なので、バグ(欠陥)を見つけたら本にして、「ほら、こんなに面白いことがあるよ」とみんなに教えたくなります。そうやって驚いてもらうことが、私のモチベーションです。
社会のルールとうまく折り合えない人たちが生き延びていくには、制度のバグを上手に使うしかありません。そうしなければ、どんどん沈んでいってしまうだけです。
実はこれは、今メインストリームにいる人たちにとっても大事な視点です。内閣府が2023年に行った調査によると日本の10代の9割が幸せを感じているなど、日本の若年層(10代~20代)は、他の年齢層と比べて幸福感が高い傾向にあります。
これはもちろん素晴らしいことですが、この幸福度は40~50代になると大きく下がってしまいます。その理由は、年齢とともに格差を実感するようになるからでしょう。だとしたら、システムのバグをハックして格差社会を逆転したり、少しだけ近道をしてラクをする、そんな生き方があってもいいのではないでしょうか。
【プロフィール】橘 玲(たちばな・あきら)
1959年生まれ。2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。2006年、小説『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補作となる。以上、2作に小説『タックスヘイヴン』を加えた<マネーロンダリング三部作>の完結編、『HACK』が発売中。11年ぶりとなる書き下ろしの長編金融小説。他に30万部を超える『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』、100万部超の『言ってはいけない』シリーズほか、新しい教養・啓蒙書でのベストセラーも多数。X:@ak_tch
<取材・文/大橋史彦>

