風俗店向けにクレジットカードの決済代行を行っていた「SmartPayment」が、2025年11月10日頃から突如、音信不通となり、同時期に予定されていた入金も契約店舗側に振り込まれていないという。
被害総額は5億円とも10億円ともいわれ、被害にあったある風俗店経営者は「えぐい事件」と怒りを隠さない。被害はさらなる広がりも懸念され、集団訴訟に発展する可能性もある。(本文:中山美里)
被害額の多い店舗は1500万円以上
「これはえぐい事件です。10月10日の夕方、知り合いの風俗店から『スマートペイメントが飛んだかも?』という連絡をもらったんです。一瞬、何を言っているのかわからなかったですね」
こう口を開いたのは、デリバリーヘルス「贅沢なひと時」「痴漢電車or全裸入室」の代表・浅野謙信さんだ。
今回、同氏は97万円の被害に遭った。すぐにスタッフに確認させたところ、決済システムがエラーになり、いつもはすぐにつながる24時間対応のカスタマーサポートも一切つながらず、あるはずの入金もなかった。
「これはまずいと思い、翌朝、スタッフにスマートペイメント社の事務所の様子を見に行かせたんです。直接、会って話せば何かわかることがあるかもしれないと思いまして」
ところが、事務所はもぬけの殻。全く人気がない状態だったという。
「スタッフは現地に9時から昼頃まで待っていたのですが、人の出入りは0でした。13時頃になってようやく1人事務所にやってきたので話しかけたところ、同じくスマートペイメント社と連絡が取れないため、どうなっているのかと見に来た同業者でした。その後、情報を集めたところ、すでに警察が動いているとか、経営が以前より厳しかったとの噂が入ってきました」
被害額は店舗によって異なるが、少ないところで十数万円、多いところでは1500万円以上だと浅野さんは話す。
4年も使っていたのに「裏切られた」
今回、3店舗で合計約200万円の被害に遭った「やさしいグループ」の代表すずさんにも話を聞いた。
「キャストが頑張って働いてくれたお金なのに…。それが悔しいですね。スタッフの給料や広告費など使う予定のあった入金です。
うちの店長は『えっ!? 4年も使っていたのに…。こんな感じで取引先ってなくなっちゃうんですね。裏切られたみたいな気持ちだ』とガックリきていました。なぜこんなことになったのか知りたいです。逃げる選択肢をとったのが最も大きな問題。説明して許される話ではないけれど、せめて説明責任を取ってほしい」
決済代行会社は、ネットショッピングやキャッシュレス決済が一般的となった現代の商取引では不可欠な存在となっている。
当然だが、お金の流れにおいては、決済代行会社が売り上げを一時的に預かることになる。信頼関係があるからこそ成り立つシステムというわけだ。
そうした企業が突如逃亡や夜逃げができ、その場合には資金回収も困難であるというのは非常に大きな問題といえる。
「一体いつから…すごく悲しい」
「教育系風俗アダムとイブ」の代表・小森かよさんも被害に遭った1人だ。しかも、被害に気づくギリギリまでカード決済をしていたという。
「最後に決済したのが11月7日。普通に使える状態でした。10月も入金がありましたし、『まさか』という感じでした。11月の入金がなくてみんな気づいたのだと思いますが、いつから実質的に会社として機能していなかったのでしょうか…」
小森さんは性教育を学べる場を提供するという一風変わったコンセプトの風俗店を経営している。
「性に対する扱われ方を変えていきたいという思いをもって、このお店をやっています。周囲にも風俗業界のイメージを変えたいと頑張っているお店さんが多くいます。今回の件では、足元をすくうような人がいるんだということが、すごく悲しかったですね」
「返金の可能性少ない」と弁護士も集団訴訟視野
被害者が続々と明らかになる中、集団訴訟の動きも出てきている。呼びかけを行っているグラディアトル法律事務所の若林翔弁護士は次のように話す。
「こういうケースでは、すでに口座に現金が残っているケースは少なく、返金の可能性は厳しいですよと、被害にあわれた方には正直にお伝えしています。そのため、問い合わせは多いのですが、訴訟しようという人は多くありません」
どんな手順で訴訟へと進めていくのか。
「まずは損害賠償請求を行います。判決が出ればそれに基づいて財産を差し押さえることができます。その前提として、債務者に対し『財産開示請求』を行って口座や財産の状況を調査しますが、債務者は応じなければ処罰される可能性があります。
実際、過去に債務者が逮捕された事例もあり、そこで一定の強制力があるほか、責任を問うこともできます」
併せて、会社だけでなく代表取締役である筒渕悟至氏個人に対しての損害賠償請求を行う予定であるという。
「経営者個人についても、重大な過失があれば、会社法429条1項に基づき損害賠償請求が可能です」
また、11月以降も決済システムがロックされていなかった部分に対しては、別の形で責任を追求できる可能性があるという。
「これが意図的に行われていた場合は詐欺罪に問えるでしょう。収納したお金を支払うつもりがない、あるいはその能力がないにもかかわらず、わざと決済を行える状態を維持していたということは、詐欺罪にいう『あざむく行為』にあたり、被害額が増えることにつながります。
また10月以前にカネを使い込むなど、返金しなければならないお金と分かっていながら使い込んだということであれば、業務上横領罪が成立する可能性があります」
今回、若林弁護士はまず民事で動く予定だが、被害者にはそれぞれ警察に相談に行くようアドバイスもしているという。
「詐欺や横領の事実が明らかになれば、警察が捜査し、逮捕してくれる可能性もあります。そうなってくると、今度は示談で返金される可能性も出てきます。民事と刑事、両方からの返金を目指しています」
風俗店に強いていた“チャージバック”とは
今回の事件で浮かび上がってきた問題点の1つに、風俗店が非常に不安定な立場に置かれているというものがある。
現在の日本社会で、デリヘル等は派遣型特殊性風俗店として風営法の届け出をした上で営業ができるようになっている。規制は受けるものの、営業自体は合法だ。ところが、風俗店と契約をする決済代行会社は多くない実情がある。
決済代行会社は、クレジットカード決済や電子マネー決済などの決済を導入したい事業者と決済機関をつなぐ役割を果たしている。
たとえば、クレジットカード決済を事業者が導入したい場合、本来は、VISA、MASTER、ダイナースなどとそれぞれ取引をして契約する必要がある。だが、決済代行会社を入れれば、一括で多様な決済手段を取れるようになる。
1万円以上の高額な支払いも多い風俗店利用において、クレジットカード等のキャッシュレス決済を使いたいと望むユーザーは少なくない。にもかかわらず、店舗側におけるキャッシュレス決済導入の選択肢は少ない。
「スマートペイメント社は一般の飲食店やショップよりも多く手数料を取っています。おかしな経営をしていなければ破綻する可能性は少ないはずなんです。けれども、このような状況になってしまった…。今回、風俗店側は改めてそのリスクに直面しました」
こう明かすのは、某風俗店幹部だ。
「夏頃から“チャージバック”が増えていたんです。特に10月は多かった。もしかしたらだいぶ前から経営状況がおかしく、チャージバックで帳尻を合わせていたのかもしれません」
不正利用など何らかの理由で顧客のカードでは決済が下りなかった場合、本来なら保険で補償され、店舗側は負担する必要はない。だが、スマートペイメント社との契約では、保険で補償されず、店舗側が負担する仕組みとなっていた。これがチャージバックと呼ばれるものだ。
もともと店舗側は負担のある契約内容でクレジットカードを使わざるを得なかったところに、今回の未払い事件。
不安定な立場の足元をみるような卑劣な対応だといえ、本来なら、どの店舗も大きな怒りの声をあげてもおかしくない。
ところが、現在、集団訴訟に名乗りを上げている店舗は少数。「踏み倒しを許したくない」と、いわば業界のために自らが犠牲となってでも訴訟を起こし、少しでも業界の治安が上がればという気概をもつ一部の店舗が手を挙げているのみという状況だ。
「どうせお金は戻ってこないし、諦めた方がトクでしょというムードが業界に漂っているんです。そういうところに切なさを感じます。この業界に長くいると『諦めた方がいい』となってしまうことがあまりにも多いんです。でも、せめて悪いやつは懲らしめられてほしい」
前出の浅野さんは悔しさをかみ殺すように話した。
<私たちは、決済の立場において加盟店様の利益に貢献することが使命です。大切な決済において、加盟店様の利益実現に叶う最良のパートナーとして責任を全う致します>
ホームページでは、顧客への思いをこのように力説しているスマートペイメント代表。利用者に対する責任を全うするつもりはあるのだろうか…。
■中山美里
1977年、東京都生まれ。一般社団法人siente代表理事の傍ら、性風俗や女性の生き方などを中心に雑誌、WEBで取材・執筆を行う。性風俗関連の著書多数。

